2011年12月29日木曜日
疾走の年
なんとまあ色んなことのあった1年だろう。
あんな悲しみが待ち受けていたなんて知る由もなかった
年の始まり。
8ヶ月でこんなにたくさんの宝物をもらえるなんて予想も
しなかった4月の終わり。
麓のおかげで会えなかったはずの人と出会い、できなかった
はずの仕事をして、過ごせなかったはずの息子との濃い時間を
過ごし、家族で驚くほどの団結力を見せた。
歩き出し、走って走って走って。
ようやくほっと一息。
ひとつの出来事をどう捉えるかで人生は変わる。
そのことを身を以て感じた年でした。
こどもを失うと、離ればなれになってしまう夫婦が多い。
そんなことを書いてある本もありました。その気持ちも
分かるくらい、立ち直るには相当の「立とうとする力」と
「支える力」が必要で。どん底にいた私をここまで
引き上げてくれた家族には、本当に感謝しています。
優しく話に耳を傾けてくれた友人にも。
ふう、今年もあと少し。大好きなこの歌でも聴いて
リラックス。
cherry Oh Baby - The Rolling Stones
2011年12月23日金曜日
降る、おくりもの、胸に抱く
今日はなんだか不思議な日で
普段は自転車で会社へ行くのに、なんとなくバスに乗った。
そして半年間ずっと通勤用のリュックにしまい込んでいた、
麓の母子手帳を開いた。
いままで自分の心と向き合うのに精一杯で、ちゃんと見ていなかった
麓の記録。ページを捲ると、そこには初めて見た麓の「足跡」があった。
退院するときに、足形をとっていたらしい。
その小さな、でもしっかりと生きていた足跡を見たら
涙が出て、なんだかとても大切な贈り物をもらったような気になった。
それから家に着いてポストを覗くと、長男を同じ時期に出産した
友人からの贈り物が届いていた。彼女の好きな本とクリスマスカード。
カードには「去年の今頃 まだお腹にいた麓君のことが思われます。
夢のようです。」と描いてあった。
私はまだ涙ぐんで、カードを家から一番空が綺麗に見える場所に置いた。
彼女の抱える記憶と想いも知っているからこそ、本当に心に響く
メッセージ。
つながっている、どこかとどこかで。
ぜんぶに意味がある。
麓が生きたこと。麓が死んだこと。
今日も本当に特別な一日。
手紙を書きたい人がいる。
思いを伝えたい相手がいる。
それが、しあわせ。
2011年12月19日月曜日
罪な○○
先日Yと歩きながら、ふと思いついた問い。
「○○を所有している人とは付き合えない」
そんな問いが頭に浮かんだ理由は、街の中にあまりに
物が溢れていたから。
私が即座に答えたのは、
「育毛剤」
でした。
実際、父親も使っていた記憶があり、若い頃はなんとも
思っていませんでしたが、今はとても不自然なものの
ように感じてしまうのです。
きっと若く健康な人の髪が薄くなるのは大きく分けて
「遺伝」「ストレス」の二つだと思うのですが、遺伝なら
もう受け入れるしか無いし、ストレスが理由なら育毛剤で
どうにかなる問題でもない気が・・・
ブラジルのインディオの本を読んだとき、白髪や薄毛が
ほとんどない、と書いてあった記憶があります。
そして村上春樹の小説「ねじまき鳥クロニクル」には
こんな会話があったことを思い出しました
「禿げることに対する対抗策ってのはないのよ。
禿げる人は禿げるし、禿げるときには禿げるのよ。
そういうのって、止めようがないのよ。
だからさ、よく言うじゃない。
きちんと髪の手入れをしていれば禿げないんだって。
でもそんなの嘘よ。ウソ。
だって新宿駅に行ってその辺に寝ころんでいる浮浪者の
おじさんを見てごらんなさいよ。
禿げている人なんて誰もいないでしょう。
でもあの人たちが毎日毎日クリニークだかサスーンだかの
シャンプーで髪を洗っていると思う?
毎日毎日頭になんとかローションをごしごしと塗り込んで
いると思う?そんなの化粧品メーカーが適当なこと言って
髪の毛の薄い人からお金をむしりとっているだけよ。」
これを読んで、なるほどと納得した遠い記憶があります。
そしてYから返ってきた答えは
「(健康器具の)ジョーバ」
でした。
「育毛剤」と「ジョーバ」。共通点を考えてみたら
・現代社会の「何かに踊らされてる」感
・無駄な抵抗
・根源的な解決策ではない
・自分の生命力に頼っていない
こんな感じでした。この答えの中に私たちふたりの共通の
価値観が見えた気がして面白かったです。
あなたの○○はなんですか?
2011年12月17日土曜日
古いもの、冬支度
最近家に新しくて、古いものたちが仲間入りしました。
梅干し作りに成功したYが、冬は味噌を作る、ということで
味噌作りに必要な道具を揃えました。
病で倒れるまで、一生使い続けられたら何よりです。
無造作に滴るような青緑色が気に入っています。
これで大豆をつぶします。
そして主役は、味噌樽。
我が家と同じ、天然杉の手作りです。うーん、立派!
はじめから上手くはいかないかもしれませんが、毎年
我が家の味噌の味を追求していけたらいいな、と思います。
食べ物はスーパーからくるわけじゃないってこと、息子に
身を以て教えたいのです。
そしてとてもとても欲しかった、松本民芸家具のラッシチェア。
中古のものを格安で手に入れることができました!
松本民芸家具は、みづめ桜、樺桜、欅など信州産の木材を
主体に作られています。生のままの木を使って加工すると
「狂い」が出てくる為、少なくとも半年、長いものは3~4年
もの間 自然乾燥をするそうです。
職人達が、手から伝わる感覚と長年の「勘」を頼りに作業し、
製作が分担されても、最終的に仕上げをするのは一人。
そのため一つ一つの商品には製作者の『名』が彫られています。
木肌を塗装で固めてしまう一般的な家具の塗装と異なり、
漆など木が呼吸できるような独自の塗装を行っています。
天然住宅と同じような思想で作られているせいか、我が家に
しっくり馴染んでいます。
何年も何年も使い込んである椅子。譲り受けることが出来たのは
とても幸せです。新しい手仕事の道具を買って、職人を応援する
のもひとつですが、可能であれば古い物を大切に使って、次の
世代にも伝えていきたいです。
2011年12月16日金曜日
2012 spring おとなの装い
たまの休日にお洒落をして出かけると、近所の人に
「あら、今日はおめかししてどこかお出かけですか?」と
聞かれるほど、普段はパジャマのような格好をしている私。
息子とじゃれ合い、夫とはしゃぎまわっている間に、
すっかり服いらずになりました。
それでもシーズン中ついつい買ってしまうお出かけ服。
幸か不幸か、2012 Spring/Summerについては、そんなに
ぐぐっとするコレクションはありませんでした。どれも
とっても大人っぽくて素敵ですが、着られそうにありません。
昨年までのポップな感じはまったく無くて、生地の感じや
色がすごく綺麗。そして春夏にしてはモノトーンが多い
ような気がしました。
そんな中、ちょっと気になったのは・・・
Diane von Furstenbergです。こどもが出来てから
すっかり遠のいてしまったブランド。
やっぱり毎シーズンラップドレスがかわいいです。
このブログのバナーもそうですが、「紫」に弱いです。
こんなドレス、一体どこに着ていくのだろう・・・と
思いつつ、服を眺めているのが大好き。
これ以上ものは増やしたくないので、眺めるだけを
心がけます。
2011年12月14日水曜日
知識がつくる未来
最近読んだ本で、心に残ったのは
「原発社会からの離脱――自然エネルギーと共同体自治に向けて
(講談社現代新書)
宮台 真司 (著), 飯田 哲也 (著)
でした。
内容はさておき、この本を読んで気付くことが出来たのは、
私自身が100%文系であるがゆえに、こういう科学的な内容を含む
事柄を科学的にではなく、社会学的に、もしくは心理学や哲学、
文化人類学的な切り口から語っている場合に、すごくすんなり
頭に入ってくる、ということです。
著者のひとり、宮台真司さんが社会学者であるせいか、近代
日本の歴史や文化の中に、原発を受け入れた国民性を見出すという
内容がとても面白かったです。
特に印象的だったのは、宮台さんが例にあげていた
フランスのバカロレアという高校卒業時の試験で出された問題
「正義と不正義はたんなる約束事に過ぎないのかを論ぜよ」
「言葉はコミュニケーションの手段に過ぎないのかを論ぜよ」
「環境と弱者救済が矛盾する場合について論ぜよ」
アメリカの学校の国語の授業の内容もしかりですが、思考し、
表現することがとても尊重されていると感じました。日本で
高校卒業時といったら、受験で出されそうな問題をひたすら
詰め込むことがほとんどだと思います。
この本の中では「知識社会の対照」という言葉で表現されて
いましたが、知識を行動に移し、社会に反映させる力が
日本はとても弱く、そこに教育のあり方が関係しているように
感じました。
日本は表面的 一過性 社会を変えるところまでいかない
豊かになろうとして、システムに依存して、罠に嵌まる
ライフスタイルにとどまり、ソーシャルスタイルにならない
その場をしのいで、こなしてしまえば、また次の日常がはじまる日本
社会が変わることを国民全体が前提としているスウェーデン
「知識をいかに使うか」と、「物欲で満たす豊かさとの決別」に
未来がかかっていると改めて感じました。
そのためにはいろいろ知らなくては・・・でもなかなか本を読む
時間が・・・とやきもきしている日々です。
��斜体箇所は本からの引用です
2011年12月13日火曜日
獅子舞う谷へ
2011年12月11日日曜日
鶴と亀
これ、なんだ?
こんもりと実った稲穂。
ひとつは、鶴。
高く羽ばたき、北へ南へ。
美しく優雅な佇まいはやわらかい。
もうひとつは亀。
どっしり構えて、動かない。
まんまる甲羅はかちかち固い。
どちらも長寿ということで、縁起のいい生き物だけれど、
こうしてふたつ並べてみると、その対照的な見た目のなかに
昔の人の美意識だとか、哲学のような物を感じてしまう。
鋭さと鈍さ。
はやさと遅さ。
線と円。
女らしさと男らしさ。
手仕事で作られた飾り物。
毎日通る階段の壁に飾ってみた。
「ひとつの場所からものを見ず、移り気にならず、大きな心で
均衡を保ち、強く美しく思いを貫いて生きる」
この作品から私なりに受け取ったこと。
神々に豊作を祈った人々からのメッセージ。
2011年12月6日火曜日
夜明け
友人に誘われ、絵本作家荒井良二さんの新作刊行記念ライブに
行ってきました。
本の名前は「あさになったのでまどをあけますよ」。
初めて見た荒井さんは、気のいいおもしろいおじちゃんでしたが、
ライブの合間のお話を聞いているうちに、とてもとても情が深く
熱い心を持っている、少年のままのひとなんだと分かりました。
震災後「自分になにができるのか」と深く落ち込んだそうです。
被災地でワークショップを開き、被災者の方と触れ合っている間に
自分の使命は「あさになったら、とりあえずカーテンを開けて
窓を開けてみること」だと思ったそうです。
あさになって窓を開けたら、いつもの景色がひろがっている。
それがどんなに美しく、ありがたいものか。
荒井さんの歌は決して上手くはないのですが、とにかく魂が
こもっていて、途中少し涙ぐんでしまいました。
中でも心に残ったのは、終盤に荒井さんが読んだ詩。
『鮪に鰯』 山之口貘
鮪の刺身を 食いたくなったと
人間みたいなことを 女房が言った
言われてみると ついボクも人間めいて
鮪の刺身を夢みかけるのだが
死んでもよければ 勝手に食えと
ボクは腹立ちまぎれに 言ったのだ
女房はぷいと 横にむいてしまったのだが
亭主も女房も お互いに鮪なのであって
地球の上はみんな 鮪なのだ
鮪は原爆を憎み
水爆には また脅かされて
腹立ちまぎれに 腹立ちまぎれに
腹立ちまぎれに 現代を生きているのだ
ある日ボクは 食膳をのぞいて
ビキニの灰をかぶっていると 女房に言うと
焦げた鰯の その頭をこずいて
火鉢の灰だと つぶやいたのだ
落ち込んでいた荒井さんを勇気づけてくれたのは、荒井さんと
同じ山形出身の歌手、岸洋子さんの「夜明けのうた」だったそうです。
この歌を、ほとんど叫ぶようにして、パンクに、ロックに、
ブルースに歌う荒井さんが印象的でした。
「東北の空」はずっと広がっている。
その美しい光景が目に浮かびました。
岸洋子/夜明けのうた
2011年12月3日土曜日
おうちプロジェクト:ごみのこと
ついに我が家もコンポストをはじめました。
選んだのは、ベランダ de キエーロ。
生ゴミ処理機のなかでも最もシンプルな、土の入った木箱。
設置したいというメールを送ったら、すぐに返事をいただき、
家に届けてくれました。
ブログにも載せていただいてます。
市から助成が出るので、実質かかる費用は2000円弱。
生ゴミは大きい物だと刻んでおく必要がありますが、水切りが
いらないので、とっても楽です。
シャベルで土を掘るのも、なんだか楽しい。
入れておくだけで、いままで捨てていたごみが肥料に変わる
なんて、助かってしまいます。
捨てにいくのが億劫なので、ベランダ型にしました。
あの箱の中で微生物がもにょもにょと活動しているのは
なんとも興味深いです。
日本のごみは1960年代から急増したそうで、1年間に消費される
食品資源約9千万トンのうち2割以上にあたる1900万トンが
廃棄され(2005年度 農林水産省発表)、国民一人あたりに換算すると
アメリカに匹敵するとのこと。
1960年以降、便利にはなったけれど変わってしまった生活様式。
海を埋め立てるということ、いままであまり真剣に考えたことが
なかったけれど、とても人間本意の行動であることに気付かされ
ました。これからもできることから、やっていきます。
2011年12月2日金曜日
寒さを味わう
やっと冬が来た。
待っていたのに、いざ来ると、やっぱり寒いな。
寒くなるとなぜか「あったかい根菜」が食べたくなって
根菜スープやおいものグラタンばかり作っている。
ぶり大根。野菜スープ。舞茸のオムレツ。ラー油ごはん。
家で魚を食べたのはとてもひさしぶりのような気がした。
わたしひとり、厚着だけど、Yと息子はずっと裸足。
ずっと裸足でいると、足の裏にもちゃんと感覚が蘇る。
我が家の木の床が、雑巾がけをする前後でどんなに違うか
足の裏が教えてくれる。
そういう感覚を大切にしたいな、と思う。
さあ、今年も暖房を使わず冬を越せるかな。
3月11日がくれた気付き。
なくっても、なんとかなるなら、まずはやってみよう。
寒かったら、太鼓を叩いてみんなで踊ろう。
夜寝る場所があって、家族とごはんを食べられる。
それだけであったかい。
今この瞬間にも、寝る場所のない、十分に食べられない
飲み水が足りない、寒さで凍えている・・・そんな人たちがいる。
小さな灯火を。
腹八分の食べ物を。
ひとつの命を。
そして、たくさんの智慧を。
それがきっと美しい地球を残すことにも繋がる。
2011年11月27日日曜日
通り直しの出来ぬ道
今日は高校時代からの友人の家へ遊びにいきました。
いつも美味しいお料理とお酒。そして新しくて古い、
素敵なおうち。人生を楽しむ友人の姿を見て、とても
リラックスできました。
高校時代。ちょうど今の人生の半分を生きていた頃。
何も知らなくて、何でも知っているような気がしていて
なんだか照れくさくなるようなあの頃。
それから今に至るまで、お互いいろんな経験を重ね、
大切な人と出会い、こどもを授かって。
ときどき、あのときああしていたら、と妄想すること
もあるけれど、なんだかすべてが不思議なくらい必然
である、という気がしてならない。
英語を教えていた母。その母を見て留学し、大自然の中に
身を置き、自由を尊ぶ会社へ就職し、サーフィンに出会い、
今の職場に出会い、夫に出会い、こどもを授かり、麓との
別れを経験し、人との繋がりを見つめ直し、自分と向き合い、
手仕事に出会い、自分の求める生き方が見えはじめたこと。
どれひとつ欠けていても、ここには辿り着けなかった。
自分が生まれ育った環境も、出会いも別れも、すべて。
そのすべてを受け入れるまで。33年。
浄土宗の篤信徒の誰かによる詩:
子ども叱るな我が来た道だもの、
年寄り嗤うな我が行く道だもの、
来た道、行く道、二人旅、これから通る今日の道、
通り直しのできぬ道
この詩に出会ったのは、永六輔さんの「大往生」が
映画化された際に音楽を手がけた古澤良治郎さんの
CDのなか。古澤さんの音を求めてライブハウスに
通い始めたのは、そう、まだ何も知らなかった高校生
の頃。でもあの頃すでにジャズという世界に興味を
ひかれたのは、その音を奏でる人々の姿を通して、
人生の奥底にある何かに触れたいと思ったからかもしれない。
さあ、明日も通り直しの出来ない一日を思い切り生きよう。
まずはからだを元気に。
鶏と昆布とねぎと生姜でじっくり出汁をとったお粥。
干しえびと干し貝柱のラー油を添えて。
2011年11月26日土曜日
自然は自然に還る
今日もまた用事があってもやい工藝に行き、いろんな手仕事
による作品を眺めながら、お茶をいただいてきました。
「ものを増やさない」ことを目指してはいますが、ついつい
新しい籠やお皿を買ってしまうことを、すこし反省していたの
ですが、その過程でふと気付いたことが・・・
受け継がれてきた手仕事の作品を買うことで、需要が生まれ、
作り手を支えている、という事実は知っていたのですが、
その土地にある土や木を使って、その土地の人がほとんど
機械に頼らず自分の身ひとつで作っている、という行為には
まったく無駄がないことに気付きました。
自分たちの使う必要な分だけを自然からいただき、大切にする
こと。大量生産ではなく、二度と目にすることがないかもしれない
作品たちは無駄に余ることはありません。取り寄せも、すぐ届く
わけではなく、作れるかどうかは作り手次第です。
これまで何度か取り寄せを頼んだことがありますが、すごーく
時間がかかったり、結局作ることができなかったり。でも、
それが本来は当たり前なんだと思います。どこにいても、簡単に
物が届き、手に入ることの方がおかしいと、気付かされます。
なぜどこにいても、簡単に手に入るのか?
答えは、無駄にエネルギーが費やされていて、物が余っているから。
手仕事で作られた自然の贈り物は、見た目だけではなく、そんな
精神も美しいのだと、改めて思いました。
だからもし本当に心を込めて使うことができるのなら、新しい作品を
買ったとしても、それはずっと使われていくと思います。
・・・とはいえ、買い過ぎには注意します。使う分だけ・・・
母と子は風邪をひきました。
母にはしょうが入り、子には黒蜜入りの葛湯を。
2011年11月24日木曜日
この冬初めての・・・
毎年寒くなると必ず作る牡蠣ご飯。
今年も美味しくできました。
とにかく簡単で、みんな「おいしいおいしい」と食べて
くれるので、とても助かります。今日は炊飯器を使ったけど
次は土鍋で作ってみます。
��↑なぜかうまく写真が表示されません・・・)
一緒に作ったのは、昨晩から塩麹に漬けておいた鶏肉と舞茸の
炒め物。最後に刻み海苔をかければよかったな。そして塩麹は
結構しっかり拭き取ってから焼いた方が、塩分控えめでよろしい。
友人からいただいた、ひじきと里芋煮。
いつも優しい味のお料理を作ってくださるMさん、ありがとう。
里芋を美味しく調理できるって、素敵です。
かぼちゃとさつまいものグラタン。といってもたまねぎと
豆乳とチーズかけて焼くだけです。冬はやっぱりあつあつもの
が食べたくなりますね。
あとはじっくり煮込んだ野菜のスープ。味付けをしなくても
こどもが喜んでくれたとき、出汁をとった甲斐があったなー、と
うれしくなります。
いまなぜか無性にくたくたブロッコリーとチーズを使った
オイルベースのパスタが食べたいので、近々作る予定です。
2011年11月21日月曜日
第二の庭 photo diary
ちょっと物足りない。
でも少し足を伸ばせば、そこには大きな庭がある。
小さな小さな羽虫から、蛇、鳥、タヌキまで。
しっかりと生き物の食物連鎖が成り立っている場所。
そこへ行けば、みんな幼い頃を思い出す。
たくさんのカメを見た後に登場したのは小さなかたつむり。
とりあえず生き物はちょっと離れて見るのがスキ。
カマキリの近くでは、産んだばかりの卵も発見。
この時期に産卵することも知りませんでした。
こどもができるまで知らなかった。
おにぎりが美味しくなる魔法は簡単。
晴れた日にみんなで空を見ながら食べるだけ。
いたるところに流れる川は、昨日の雨がくれたもの。
小さなカエルやアメンボと遊んだり、葉っぱを流してみたり。
今日はザリガニいませんでした。ザリガニは10度以下になると
活動が鈍り、冬眠状態に入るそうです。今はまだ活動している
はずだけど、大雨による増水で見つけられず・・・。
バッタの類はまだまだたくさんいます。
なぜか後ろ足がひとつしかないバッタがたくさんいたので
調べてみたら、バッタの足は捕まっても逃げられるよう、
とてもとれやすいそうです。生きて子孫を残すために体を
張っている生き物・・・すごいです。
なんだかんだでやっぱり遊具も大好き。
最後はみんなでかくれんぼ。「もういいかい?」って言ったの、
何年ぶりだろう。見つかりたくないけど、なかなか見つけて
もらえないときのあの不安。ふと蘇った感覚。
2011年11月20日日曜日
雨が運ぶ記憶
ものすごく低血圧な私は、低気圧が近づくと塩をかけられた
なめくじのように、しゅうしゅうと縮こまり、もにょもにょと
曖昧なことを言い出す。朝はなかなか布団から出れない。
それでも息子の声に励まされ、なんとか布団から出て、いつもと
変わりない1日を過ごす。
でもこんな激しい雨の日は、ふと麓と過ごした1日や、麓が
いなくなった後の大雨の日々を思い出して、心が萎んでしまう。
突然訪れる暗闇がどこからくるのか、私自身も気付かず、
「今日はなんだかおかしいな。」と思う。
涙よりも笑顔でいられる時間がどんどん増えて、麓のことを
少し忘れてしまう日さえある。
それでも記憶は蘇り、「ここにいるよ」と麓は言う。
その温もりと喪失感は、からだがしっかりと覚えている。
叩き付けるような雨音。
ガラスをツタウしずく。
その自然の激しさと美しさに守られて、ときどき沈みながらも
前にすすめたら。
こんな私のもやもやをなんだかんだで受け止めてくれる
家族に今日もありがとう。
2011年11月18日金曜日
おうちプロジェクト:籠
我が家のベランダは、家を建てたとき、とある事情により
半分しかありませんでした。あとの半分は、窓はあるのに床がない
非常に危険な状態。窓を開けて外に出たら、そのまま真っ逆さまに
地面へ落ちてしまうという恐ろしい場所。
1年以上たって、やっとやっとベランダが完成しました。
今まで息子が窓から落ちないように、ぴったり窓の前に
置いていた大きなベビーベッドとも、もうお別れ。
麓が眠るはずだった場所を片付けてしまうのは、少しさみしい
けれど・・・またいつか使える日が来ると信じて。
ベビーベッドに放り込んでいた、洗濯用のハンガーやらを
入れるためのカゴが我が家にやってきました。
とても美しいアケビのカゴは、繊細で、力強く、やさしい。
一言でカゴといっても、世界そして日本には地方によって様々な
カゴがあります。日本の中でも東北と九州では堅さや編み方が
全然違うそうです。生活に密着した道具。人々の知恵。
その魅力に最近ようやく気付くことができました。
おてふき入れは、お懐紙をしいてお菓子を入れても
素敵です。こういうのをさささ、と作れるなんて羨ましい!
足付きのくずかご。使っているうちに色が変わってくる
のも、竹など木製品の魅力です。不揃いな自然。
我が家の床もだんだんと色が変わってきました。
コーティングしてある木の床と違い、裸の木には温もりが
あります。常に呼吸し、変化し続けるものたちに囲まれて
暮らすおもしろさを、この家のおかげで知りました。
道具やモノにも、なんというか、性格があって。
私たちが今にも壊れそうな古い車に乗っているのは、
「機械的」で「間違いない」感じから距離を置きたいから
かもしれません。
家も、家具も、車も。付き合っていく、という意味では
人間と同じ。思いを込められるかどうかはとても大事。
麓もきっと、この家を気に入ってくれてると思います。
2011年11月15日火曜日
おうちプロジェクト:ふたたび
引越してから1年と2ヶ月がたちました。
その間、うれしいこと、悲しいこと、1年でこんなに!!と
思うくらい色んなことがありました。
その間ずっと、私たちに静かに眠れる場所を与えてくれた家。
いつもこの家の木の香りや、大工さんの手仕事による家具に
癒されてきた気がします。
未完成だった我が家ですが、1年たって少し手を加えることに
なりました。工事内容は・・・
・ベランダ取り付け(今までは半分だけだった)
・テレビ台取り付け
・押し入れ設置
・ロフトに本棚設置
です。すべて我が家を建ててくれた大工さんが作ってくれます。
今日が工事の1日目。大工さんは手際よく寸法を測り、木材を
切ってあっという間にテレビ台が完成しました。久々に見た
職人技、やはりすごいです。
天然住宅を見つけたときから始まったおうちプロジェクト。
家って建てたら大工さんとはもう会わない・・・が最近の家
かもしれませんが、こんな風に「おひさしぶりです」とご挨拶し
家のことをすべて分かってくれている方にお任せできるのは
とても安心できます。200年長持ちする家だからこそ、「未完成」
をまだまだ楽しみたいと思います。
明日はこんな押し入れが現実のものとなりそうです。
2011年11月14日月曜日
古今の道具
今日は残念、波がなくなってしまったので、サーフィンは断念。
��無意識に韻を踏んでしまった!)
とても気持ちのいい気候だったので、行きたかった場所ふたつを
はしごしました。
一軒目は前回の記事でご紹介したパン屋さんに教えていただいた
建具屋、葉山の桜花園。エントランスからして気に入りました。
中に入るとずらりと並んだ古道具、そして建具の数々。
古い柱や引き戸、欄間などを見ながらいろいろなことを想像する
のがとても贅沢な時間です。ああ、いつかああいうものたちで
家を作ってみたい・・・建てたばかりの家があるにもかかわらず
妄想は膨らみます。
しっかり目星もつけ、これからもお世話になりそうな予感。
そして二軒目はいつものもやい工藝です。
現在「民藝工人と歩んだ道展」開催中でして、いつもにも増して
魅力的な手仕事の品が並んでいるのです。
息子の相手をYにまかせ、長居してしまいました。
こちらではグラタン用のお皿と飾り物を購入。
��写真を後日upする予定です。)
こうして道具を見つめる時間、落ち着きます。
私につきあってくれた2人に感謝・・・とはいえふたりはそれなりに
葉山そして鎌倉をたのしんでいた様子・・・
鎌倉は古道具屋がたくさんあるので、これからも開拓して
いきたいです。ああ、休日は遠出しなくても楽しい。
2011年11月13日日曜日
塩麹
いつも何かにはまっては、すぐに飽きる私ですが、ここ最近は
塩麹に心奪われております。
その名の通り塩と麹を混ぜて作った発酵食品。
基本的には糠のように漬け材料として使いますが、糠漬けよりも
あっさりとしていて癖がないので、こどもでも大丈夫です。
いままでは出来上がった状態の塩麹を買っていましたが、簡単に
作れそうなので、作ってみました。今は冷蔵庫の中で発酵中。
1週間後が楽しみです。
作ったのは、かぶときゅうりの漬け物。鮭の塩麹漬け。
そしてすごく気に入ったのが、塩麹肉じゃが。普通は
豚肉を使う肉じゃがですが、こちらは鶏肉を塩麹に一晩
漬けて使います。最後にかけるすりごまがポイント。
ごまをするときにふわっと立ち上るかおりが好きです。
我が家にはテレビがないので、最近どんな食べ物が流行って
いるのか見当がつきませんが、塩麹はもうとっくに皆作って
いたりして?塩麹の素には「今話題の」って書いてあったし、
塩麹の本も何冊か出ているようなので、かなり乗り遅れていた
のかもしれません。まだの方は簡単なのでぜひどうぞー。
2011年11月12日土曜日
二十四節気
二十四節気(にじゅうしせっき)は、1太陽年を
日数(平気法)あるいは太陽の黄道上の視位置(定気法)
によって24等分し、その分割点を含む日に季節を表す名称を
付したもの。
-Wikipediaより
鎌倉にある24sekkiというパン屋さんを知ったのは、
なぜか鹿児島にいたときでした。24sekkiのパンは
��代続く福井県の蔵元で有機玄米に麹菌をつけて麹を
つくってもらい、その麹から酵母を起こしているのです。
麹のかおりが残るパンは、噛めば噛むほどおいしく、
もう他のパンには戻れなくなってしまいました。
食べて元気になる気がします。
以下、24sekkiウェブサイトより
-------------
おいしいこと、安心・安全であること
自然の恵みをおいしく味わっていただくために、パンの原料
には北海道産の小麦粉を、米・レーズンやナッツ・ふすま・
野菜・豆乳などの素材はJAS・海外認定オーガニックや
自然栽培の食材を使用しています。
「すこやか」で 「心地いい」のために
原材料には肉・魚・乳製品・卵・砂糖を使用していません。
ヴェジタリアンやアレルギーの方、マクロビオティックを
実践している方にもご利用いただけます。
-------------
何度も通っているうちに店主の方ともよく話すように
なり、さらにこのお店が好きになりました。
甘酒のパン。一番のお気に入りです。
息子のお気に入りは、メープルのメロンパンと有機小豆の
あんぱん。いままで食べたあんぱんの中で一番甘くない
自然なおいしさです。
カフェにもなっているので、店内でも食べられます。
ランチで食べられるスープも野菜たっぷり、出汁しっかり。
すごーくおいしいです。
お店の方に教えていただいた古道具屋さんに近々行ってみる
予定。そちらはまた後日UPしますー。
2011年11月11日金曜日
江戸事情
ジャムを作りながら思う。
昔は全部、自分の手で生み出していたことを。
手仕事に興味をもってから、ますます見直している江戸時代。
いままでは「士」が興味の対象だったけれど、手仕事となると
「農」、そして庶民の生活が気になる。
江戸時代の生活様式に関する本を読んで、改めて感じたのは
人間のからだにとって、今の時代が便利すぎるということ。
私たちは何万年もの間、今からすれば「不便」な生活を過ごして
きた。人間のからだは百年単位で進化するわけではないから、
今でも人間は手と足を動かして生活するようなからだを持っている。
動物を追いかけて狩ったり、どんぐりを拾い集めていたときのからだ。
ランニングがブームになるのは、自然なことのような気がする。
便利すぎる生活に悲鳴をあげているからだに、気付いていない心。
豊かさ、貧しさ。
現代の貧しさには悪循環がつきまとう。
盗み、麻薬、争い。世界中で起きている悪循環。
江戸時代、幕府は阿片(麻薬)を禁止していなかったにも
かかわらず、麻薬常用者はいなかったらしい。
清貧という言葉が思い浮かぶ。その日その日をいっぱいに
一切を無駄にせず生きていた人々。
江戸時代の人は老後のことをほとんど考えていなかったという。
産後赤子が生まれてすぐに息を引き取ってしまっても、産婦が
生きていることを7日目の夜に祝ったらしい。
それくらい、出産で死んでしまう母子が多かったそうだ。
生きているだけでありがたいことを、ただただ感じる生活。
生きていくことが本当に大変だということも、身にしみる生活。
もう戻ることはできないけれど、このからだがどこかで覚えている
本来の生活を少しでも取り戻せるように。試みようと思います。
2011年11月9日水曜日
When he is happy
大好きなもの、大好きなこと。
ひとそれぞれ違うけれど、
与えられた環境が、大きく影響しているこの時期。
山に行ったり、公園へ行ったり、音楽を聴いたり。
大切にしたいのは「何かをやらせなきゃ」ではなくて
私たちが楽しむこと。大好きなものを伝えること。
可能性を見せること。
そこから先、何を選ぶかは彼自身の自由だ。
私たちの「これが好き!」を伝えることが
「自分らしさ」を持つことに繋がればいいな、と
願った週末。
のぼったときに見えた風景。いつもとちがう場所。
たまたま公園にあったクライミングウォール。
結局Yと私が夢中になって、最後にはみんな裸足に
なってしまった。
2人だけじゃ伝えきれないことがたくさんあるから
なるべくいろんなひとと触れ合ってほしい。
私たちのまわりにいるみんなは、知らないうちにきっと
たくさんの影響を彼に与えている。
少しだけ自分で何かを選び始めた2歳。
2011年11月3日木曜日
にほんをたべる
出汁をしっかりとった味噌汁が「おいしい」と友人に
ほめられ、それだけでまた料理が一段と楽しくなりました。
パスタやカレーをほめられるより、なんだか余程うれしいのは、
和食を見直しはじめた、この年齢だからかもしれません。
そして和食の中でも特にすごさを実感している発酵食。
さっそく塩麹の浅漬けを作ってみました。
作ったと言っても、入れて揉んでおいとくだけです。
それから、日々出汁をとる昆布と椎茸。これを刻んで
お酢としょうゆと味醂で佃煮にするのです。これまた
いいお酢のおかげで発酵食となるそうです。
この組み合わせは我が家の定番となりそう。
それからついに覚悟を決めて、家族だけの食事のときは
土鍋でご飯を炊いてみることにしました。
作ってみると、とっても簡単。おいしい。あったかい。
土だけでできた土鍋は、使っているうちにひびが入って
しまうけれど、そんな日はおかゆを炊いてでんぷん質で
ひびを埋めるそうです。そうすることで、どんどん丈夫な
鍋になるんだそうです。
誰かが手で作った道具を眺めながら、ごはんを作るのが
とってもおもしろいです。
最近一番のお気に入りは、もやい工藝で見つけた沖縄県
松田共司さんの角皿。
珍しいなんともいえない色に一目惚れして、毎日使ってます。
「今回のようにうまく仕上がることは珍しい」とおっしゃって
いました。
山を走ることもそうでしたが、人が作ったものの温もりや、
自分の命がうまれたこの場所のものに囲まれることも、4月の
悲しみをあたたかさに変えてくれています。
今日の夕飯:
納豆ごはん
鮭の塩麹漬け
黒豆煮
昆布の佃煮/かぶと胡瓜の塩麹浅漬け
かぼちゃとあおさの味噌汁