2013年11月5日火曜日

父のこと



先週父が亡くなりました。
享年72。

入院直前まで仕事とマラソンを続け、入院してからも信じられないほどの
精神力で読書を続け、自分史と家族や親戚への御礼の手紙を書いていた父。

自分史には戦後の厳しく貧しい幼少時代、ホテルマンとして一生懸命
働いた日々について綴られていました。

ホテルマンを引退したのちも、サービスマンの育成に力を注ぎ続けつつ
病気の母にかわって家事をこなす、まさにサービス精神の塊のような
人でした。

ホテルマン時代、取っ替え引っ替え女性を連れて来る客に、「空室はない」と
言って追い返してしまったことがあるそうです。
正義感が強すぎて、馬鹿真面目で、正直すぎて、痛い目に合うことも
多かったとか。

薩摩人のせいなのか、マイペースで、頑固で、変わり者、お酒が大好き。
自分の生き方を最期まで貫きました。

家では私の選択に決して口を挟まず静かに見守ってくれた父。
私が高校生のときに書いた手紙をずっと机に貼ってくれていた父。
いつも孫たちに囲まれ慕われていた父。
亡くなってから改めて写真を見たら、鼻筋が私とそっくりな父。



山の上ホテルに勤務していた頃。

唯一の親孝行は孫の顔を見せられたこと。
幸せな家庭を築けたこと。

父の財布に遺されていた言葉:
死んでから仏になるのはいらぬこと。生きてるうちに善き人となれ
山本玄峰

自分を鍛ふ為に困難が湧いてくるのじゃと思へば如何なる困難が来ても
少しも辟易することなく益々勇気が加はる
森村市左衛門



野球が大好きだった父。オークラ勤務時代。

多くのことを教えてくれてありがとう。
おじいちゃんや麓が用意していた場所で安らかに眠ってね。

2013年9月15日日曜日

鎌倉 今日の波 実感


由比ケ浜
サイズ:コシ

台風スウェルでサイズが大きくなる前の程よいサイズで
久しぶりのロングを楽しんできました。

いつも使っている板を修理に出しているので、2年近く
乗っていなかったピカピカの板に乗りました。
そうしたら今まで気付かなかったその板のよさが
すごくよく見えて、本当に不思議でした。

道具の差をはっきり実感できることを、ひとつのステップだと
感じていたので、とてもうれしかったです(遅すぎるけど・・・)。

そして頻度は減っても違う楽しみ方ができたり、より自然と
戯れる感覚を大事にできたり。いいことがたくさんあるんだと
前向きに考えることもできました。
がつがつやっていたときには見えなかったもの。

今日も息子が「ママー!ママー!!」と大声で叫んでいました。

最後は息子とふたりでショアブレイクに乗って楽しみました。
今日も家族にありがとう。

2013年9月5日木曜日

ちいさな命のこと


うちは新聞をとっていないので、梱包に使われている新聞があると
ついつい読んでしまいます。
そして今日たまたま目を通した京都新聞の記事に、とても衝撃を
受けました。
普通の読者であれば、さーっと読み流すような内容かもしれません。

タイトルは
「病気や障害ある赤ちゃんの治療
家族の意向か 命の尊厳か 揺れる医療現場」
でした。

内容は、日本周産期・新生児医学会がシンポジウムでテーマにした、
「病気や障害がある赤ちゃんの治療を、親が拒んだら医師はどうするべきか」
について、症例を重ねて議論を続ける必要がある、というもの。

記事にはいくつかの赤ちゃんの症例があげてあり、そこには麓と同じ病気、
生まれつき横隔膜に穴があいていた赤ちゃんについても書いてありました。

記事では「正解はない」としているものの、医師の立場で書かれているので、
治療を拒む親に否定的。
子どもに必要な治療を親が拒むことを「医療ネグレクト」とネガティブな
言葉でひとまとめにしたり、

「小児外科医は『母親に産後のうつ状態や、子どもへの愛着形成につまづきが
ある場合は、治療拒否をしてしまう可能性がある』と指摘。」

とも書いてありました。

でも・・・

母親がどんな気持ちで、どんな葛藤の末に治療を拒否したか、にはほとんど
触れられていない。だから、ちいさな命を医学の力で救うことが
人道的であり、命の尊厳を守ることである、という意見を私は素直に
受け入れることができませんでした。

麓は心肺停止状態になってからも、薬の力で心臓を動かし、
2日間入院しました。私と夫は、「一度心臓と呼吸が止まったはずの麓が、
どうしてまだ治療を続ける必要があるだろう」
「本当に望みがあるのだろうか」
と、何度も混乱しました。
でも「麓くん、がんばっていますからね!!」と繰り返す看護婦さんや
お医者さんの言葉を聞いて、少しでも望みがあるなら・・・
と希望を持ちました。
障害が残る可能性もあると言われ、何が麓と私たちにとって
一番幸せな選択なのか、最後まで分からないまま、病院の指示に従いました。

でもいま思えば、もっとはやく楽にしてあげられたらよかった・・・
ちいさなちいさな体に、注射や点滴を繰り返し、チューブで繋いで、
たくさんの薬を入れて、見違えるような姿になってしまった息子を見て、
私は何度も「生まれたままの姿の麓にもう一度会いたい」と思いました。

だから、「治療をやめてほしい」という家族の意向を、ただ単に
「医療ネグレクト」と呼ぶことはできないし、母親の精神状態が正常では
なかったなんて言うことはできないと思います。
むしろ逆に人道的であり、命の尊厳について理解しているからこその
判断である場合もたくさんあるのではないでしょうか。

命を救いたい、という医師の気持ちや、その大切さも分かりますが、
母親や父親にしか分からない「命や魂の救い方」もある・・・。

何度かブログにも書いていますが、産婦人科医の吉村正先生は
「生きられなかったはずの命を医学の力で生かしてしまうことにも
問題がある」というようなことをおっしゃっていて、私もそう感じます。

命の尊厳とは・・・。
医学が急速に進歩して、生と死のあり方は一変しました。

「自然」であったはずの生と死は「非日常で不自然な出来事」に
変わってしまいました。だから、日常と切り離された空間で生と死が
他人の助けによって存在しています。

とても難しいことですが、
こどもたちがどう医療と付き合うか、
どう生きて行くか、
そしてどのように命を終えたいか、
にも関わることなので、こどもたちが成長したら家族で話す機会を
つくりたいです。

2013年8月30日金曜日

鎌倉 今日の波 On & On


ここ最近はほぼ毎日海に行って、波のサイズや気分によって
ボディーボードとボディサーフィンしています。

今日はひとりでボディボード。
風波でサイズはセットで胸くらい?
決していい波ではないけれど、貸し切り状態で大きめの波に
乗れるのは楽しかったです。

都内に出るとストレスを感じるのと一緒で、海の中に
人がいっぱいいるのは疲れます。
それだけがこのあたりの残念なところ。
たまに千葉/茨城に行くと波のクオリティに対して
羨ましい人の少なさ!
きっと宮崎や四国はもっとだろうな。

来週もまだ海水浴規制・・・もうしばらくボディボードで
誰もいない海を堪能しようと思います。
ロングは9月に予定しているサーフトリップまで封印。

しばらくオンショア続きそうです。
on and on and on and on
(my cypher keeps moving like a rollin stone)

2013年8月25日日曜日

音を聴く夜


何年ぶりだろう。
昨夜はこどもたちを寝かしつけたあと、駅の近くにあるジャズ喫茶へ
自転車を走らせ、渋谷毅さんのピアノを聴きに行った。

夜ひとりで出かけるなんて久しぶりすぎて、中学生でも外を
歩いている時間なのに、やたらドキドキしてしまった。

最初に聴いたのは高校生の頃だから、もう20年近い。
ピアノの渋谷さん、サックスの松風さん、ベースの上村さん。
みんなだいぶ歳をとっている。
高校生だった私が3人こどもを産んだくらいだから当然だ。

ギネスを飲んでリラックス。
そして2nd setがはじまった。

松風さんの風のようなサックスと、渋谷さんの水のようなピアノが
心に染みた。
やっぱり、いいなあ、おじちゃんのジャズ。

決して心沸き踊る感じではないけれど、
「ああ、ここまで生きてきたなあ」と感慨深くなるような。
自分のことしか考えてなかったあの頃。
力漲るジャズの演奏を間近で聴いて、「生きる」力を
もらっていたあの頃。

演奏が終わってから、勇気を出して渋谷さんに話しかけた。
共通の知人や昔観たライブのことを話してくれた。
渋谷さんは「おかあさんといっしょ」で数々の名曲を
提供した名ピアニスト(ちょんまげマーチやミックスジュース等々)。

こんなに近所で聴けるなんて、これからはちょくちょく足を伸ばそうと
思います。やっぱりこういうリフレッシュがないと、子育てに追われて
いるだけでは心が渇いてしまうから。

2013年7月17日水曜日

35th birthday

35年生きてきても



わからないことがいっぱい。



車にぶつかる鹿と車につぶされる虫。



屠殺される牛と捕獲される鼠。



調査される鯨と釣られる魚。



化学兵器と農薬と殺虫剤。



捨てられるペットと捨てられる赤ちゃん。



山を削って建てる家と川をせき止めるダム。



海の埋め立てと海のポイ捨て。



垂れ流される原発の放射性物質と工場の化学薬品。



どれが悪いの?どれなら許されるの?



命の重みは平等ではないの?



ただわかっているのは



どんな命も数多くの奇跡を積み重ねて



いま生きているということ。



わからないことはたくさんあるけれど



そんなわからないことをわからないなりに



素直に伝えていきたいと思った



35回目の誕生日。



2013年7月8日月曜日

美しい姿



手仕事フォーラムが発行している冊子「SILTA」を読んで、

ふと見つけた文章。

その文章が、好きな言葉とリンクして、一本に繋がりました。



SILTA 19号 宗廣コレクションと芹沢銈介の仕事

吉田桂介氏のお話より抜粋

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たとえば、那智の滝ののれんがありますね。

先生のおうちに行くと染めたものが下げてあるんです。

ところが次に行くと文様が少し変わってる。

そして次に行くとまた変わってる。

初めは雲や波があったんですが、行くたびに

簡略化単純化されていって、

最後に滝がすーっとおりてきて後は何もない。

そして非常に品格の高いものになっている。

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アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの言葉より

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「何においてであれ『完全』とは、すべてを脱ぎ去り、

ありのままの姿に戻ったとき、つまり、

加えるべきものがなくなったときにではなく、

取り去るものがなくなったときに達成されるのである」

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美しい文章や、美しい言葉に出会うと

自分が求めているものや

自分に何が足りないかを見出せる気がします。



今日気がついたのは、美しさは余計なものを脱ぎ去った

無心の中にあるということ。



たくさんたくさん考え抜いて、同じことを繰り返した結果、

考えるということをせずとも勝手にからだが動くようになる。

無我夢中。無我の境地。

美しさが生まれる瞬間には、無心であり、見返りがない。



こんなにいいことをしているんだ、と人に言ったり

自分が何のために生きているかを何度も確認するのは、

未だ道の途中であり、迷走している証拠。

そうしているうちは人の目を気にし、他人に手をだし口を挟む。

純粋な目的のためにではなく、「自分の好きな自分」で

いるために何かをし、そういう自分に酔っているので、

「有我霧中」である。

「母親に褒めてもらいたい」という心理は根深い。

いつも誰かに褒めてもらいたいのかもしれない。



でも真の名作や偉業は、本人が何も言わずとも歴史に残り、

本人が何も言わないほどに美しい。



民藝の手仕事もしかり。

名を残そうと作られたものは凝ったデザインになったり、

本人の個性が強いものになる。

本当にいいものは個性が消えるほどシンプルで

使うほどその美しさや力強さに気付かされる。



その境地に至るのは本当に難しい。

これからもたくさんの美しいものや人に触れ、

削ぎ落とす生き方を実践していきたいです。







2013年7月4日木曜日

蜘蛛の巣のまんなか



今月は誕生月です。



35年。



70年生きられるとしたら、折り返し地点。



元気に育って、結婚して、こどもを授かって

毎日一生懸命育児に携われることに感謝。



たいしたことは出来ていないけれど

これからも少しずついろんなことを吸収して

まだまだ自分の脳やからだを刺激していきたい。



この15年くらいずっと思っているのは

まるくて、やわらかくて、柔軟なひとになりたい。



考えていることは刺激的で、とんがっていても。

やっていることは革新的で、常識はずれでも。



それをそのまま口に出したら、パンクでメタルで、

それはそれでかっこいいかもしれないけれど



1つ言われて、100言い返すひとよりも、

��00言って、相手を黙らせるひとよりも、

��00聞いて、1つ言って、大地のようにつつみこむ。



そんなひとになりたいと思う。



男に生まれていたら、もっと尖って外に出て、

「死ぬまでにあれもこれもやらねば」

と思ったかもしれないけれど、女として、母親として、

いつでも家族の帰りを待つ存在でありたい。

いつでも家族の気持ちを受け止める立場でありたい。



知識をナイフとして使うのではなく、

蜘蛛の巣のように編み込んで、まあるく紡いで、

いろんなものをキャッチして、また透明な糸を出す。



雨が降ったらきらきら光って、水滴を落とす。

そんな、懐が深い人。



懐が深い=相手になかなか回しを取らせない、



うーん、なるほど。

やっぱり、ずーんと大きく受け止めるのがまず第一なのか。

相撲も柔道も、本当に強い人は「やわらかい」のだ。



これからもたくさん受け止めつつ、

まんなかをしっかり貫いていこう。



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2013年7月2日火曜日

むすびつき

なかなかブログを更新できぬまま、育休もあと2ヶ月。

娘は来月から保育園に通います。



いままでべったり2人で過ごしてきただけに、

日中離れるのが少しさみしいです。



保育園と復職に向けて、現在卒乳(断乳)に挑戦中です。



これは母にとっても子にとっても試練です。

娘は特に甘えん坊のおっぱい好きなので、一筋縄では

いかなさそう。でも、

「母がやめようと思ったときが卒乳のタイミング」

という言葉を聞いて、決意しました。



とにかく眠くて、昼間思うように活動できない。

子どもが寝た後の唯一の自由な時間も眠くて起きられない。

なによりずっと体調が万全じゃない。



というわけで、夫に寝かしつけを協力してもらって

4日目に突入しています。が、相変わらず起きる娘・・・

どうなることやら。



1人の子育てから2人の子育てになって、ますます

夫の助け無しではやっていけない、と思うようになりました。

我が家は2人の実家がやや遠いので、夫に頼るしかありません。



妊娠、出産、産後、そして乳幼児期の子育てにおいて

もし父親が協力的でなかったら、母親の父親に対する気持ちは

確実に悪い方に変化するのではないかと思います。

ただでさえ産後の母親の心身は不安定で、本能的に子育てに

集中し、男性を遠ざけようとします。

母親と子どもの結びつきは強められ、父親と母親のつながりは

途切れてしまう・・・

母親がひとりで頑張ってしまいがちな核家族が増えている今、

そんな家庭は少なからずあるのではないかと思います。



父親になる男性に、出産や子育てについての知識や

母親が必要としていることを伝えることは、家族の幸せに

つながるのではないかと実感した1年でした。







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2013年5月13日月曜日

鎌倉 今日の波 GIFT

由比ケ浜

コシ〜ハラ

風向:東→南



今日は半年ぶりのサーフィン。

最高の天気、練習にちょうどいい波、

ゆったりしたビーチの雰囲気。

心身ともにリフレッシュできました。



限られた時間だと、いつも以上に集中して

波に乗れる気がします。

今日はわりと波数が多くテイクオフも

しやすかったので、たくさん乗れました。



波打ち際で私を見つめながら待つ息子。

パドルで沖に戻るときは息子が大声で

「ママー!ママー!がんばれえー!!」

と叫んでくれました。

娘は夫の背中でぐうぐう寝てくれました。



私が上がってからは、ウェットスーツを

着込んだ息子が波打ち際でサーフボードに

立つ練習。さらに交代で夫がほんの少し海へ。

こうして家族4人で海を楽しめるようになった

のが、なによりも嬉しかったです。



車を手放したので、自転車で通うようになった

海。サーフィンの楽しみ方もよりシンプルに

なった気がします。



家に帰ってきて、パソコンをつけたときに

Doodleを見て今日が母の日だと気付きました。

最高のギフト、家族に感謝です。



2013年5月2日木曜日

おめでとう、ありがとう


今日は息子の4歳の誕生日でした。



妊娠から数えたら、もう4年と10ヶ月かあ・・・



もう親になってそんなにたつんだなー、と



夫とふたりで感慨深くなってしまいました。



毎日反省ばかりだけど、これからもお互い成長できるのが楽しみです。





私たちが辛くて悲しかったときにも



笑顔と幸せをくれた息子。



本当におめでとうでありがとう。



妹の存在にもすっかり慣れて、大きくなったら妹と結婚する!



と言っています。こどもは6人ほしいと言っています。



こどもがふえると心配もふえるけど、喜びと楽しみは何倍にも。



こどもたちのおかげでこの4年半が本当に濃密でした。



明日からもこの奇跡の結晶たちと精一杯生きよう。








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2013年4月25日木曜日

赤ちゃんの肌についての考察 その7 自然治癒

8ヶ月を迎えた娘の頬は、すっかりきれいになりました。



7ヶ月までは、湿疹が出たり引っ込んだり、を繰り返して

いたのですが、湿気が多くなったせいか月齢のせいなのか

すっかり改善しました。



空気が乾燥している間はぬるま湯をかけるだけで

お風呂に入れていなかったのですが、やっと家族4人

揃って入浴できるようになりました。



夏生まれの赤ちゃんには皮膚トラブルが多いと聞きます。

治るだろうと思っていても、湿疹だらけの肌を放置する

のは勇気が要るもの。近所の皮膚科の先生に

「放っておけば治るよ。ステロイドなんてかわいそう」

と言われなければ、私も薬に頼っていたかもしれません。



乳児湿疹で悩むママのブログでは、娘と同じように

��歳近くなって改善するケースが多いように感じます。

それまで我慢できるか、が勝負。

耳や顔を引っ掻く癖も湿疹のかゆみのせいかと

思っていましたが、今でもよく掻いているので

赤ちゃんの習性みたいです。



アトピーになってしまうのは、薬や保湿クリームに

依存してしまうのもひとつの原因かもしれない・・・

と今回の経験を経て考えるようになりました。



最近ではびわの葉エキスもほとんど使用していません。

まだ手や足ががさがさしている部分もありますが、

基本的に放置。



引っ掻き傷などを見ていても、本当に赤ちゃんの

治癒力はすごいものなので、赤ちゃんが苦しんでいる

様子がなく、見た目だけの問題であればママは

優しく見守ってあげるのが、一番の薬なんだと思います。



大人の肌トラブルについては、なかなか完全な治癒が

難しいのですが、我が家ではとりあえずこの冬

びわ葉エキスと梅エキスで乗り越えました。



2013年4月22日月曜日

先祖と子孫





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鹿児島滞在中、親戚のおじさんの家をたずねてきた

初対面のおばあちゃんと話しました。

そのおばあちゃんは父の小さい頃を知っているそうで

私と子供たちの顔を見てとても喜んでくれました。



おばあちゃんは手拭をしてもんぺを履いていて

いかにも昔のおばあちゃん。

「田植えの時期は忙しくなりますね」と聞くと

「最近じゃ米を買ってしまう方が安いんだけんど

ご先祖さまからもらった田んぼだからー」

と言っていたのが印象的でした。



一昔前までは日常生活にたくさん登場していた

であろう「ご先祖さま」という言葉。

顔も知らぬご先祖さまを、自分たちの身近にある

自然の中に、暮らしの中に、感じていた時代。



日本人はそうやって、自然の中に神さまや

ご先祖さまの存在を感じる力を確かにもっていた

ことを改めて実感しました。



おじさんの家の前に広がる田んぼの一番奥には

鳥居があって、その裏には鎮守の森が広がっています。



当たり前だった日本の風景。

ご先祖さまとの繋がりを感じる、自然と信仰。



数十年後、その田んぼと森はどうなっているのだろう。



ネイティブアメリカンが七世代先の子孫のことを

考えていたように、日本人は何世代も前の

ご先祖さまのことを考えていました。

それって実は同じような意味をもっているのでは

ないかと感じています。



ご先祖さまの大切にしていたものを残すってことは

子孫にかけがえのないものを残すことなんじゃないか、

と・・・



田んぼをなくして家を建てるのも子孫のためかも

しれませんが、そこに自然と信仰はなくなってしまう

ということが、実際の田んぼを見てわかりました。



忙しく仕事をしているオフィスの中で

ぐったり疲れて乗る最終電車の中で

ご先祖さまへの感謝の気持ちは、

なかなか感じることはできない気がします。



その土地を自然のまま残すということは

その土地を守ってきたひとたちの思いを残すこと。

古いマンションが新しいマンションになるのとは

まったく違う意味がある。



なにかを残すというのは並大抵の努力では

できないこと。

いつかどこかで何かを覚悟しなくては。











2013年4月18日木曜日

刷り込みの不自然

普段テレビのない生活をしていると、テレビの中で

起こっていることを、割合客観的に眺められることに

気づきました。



鹿児島で久しぶりに昼下がりのテレビ番組を見ていたら、

CMのほとんどが生命保険、特に医療保険。ターゲットは

その時間にテレビを見る暇がある65歳以上の癌に備えたい人。



人間にとって、生まれて歳をとり病になって死ぬのは

最も自然なことであるのに、現代ではそのすべてに

お金が絡んでいて、不自然なものになってしまいました。

自然なことであれば、それが予測不可能なのは当然なこと

だけれど、現代人は生老病死から逃れようと必死です。

CMでも「万が一に備えて」と、あたかも病気や死が

滅多にやってこないもののように言っていました。



予定出産、整形、生命保険、お墓の購入、延命処置…

最も自然で予測できないはずの生老病死にまでも、

お金を払って備えることで安心を手に入れようとする私たち。



先日読んだ本の中に「病を得て死ぬ」という表現があって、

これはいいなと思いました。

病にならずに死ねるほうが珍しいことで、ほとんどの死は

病によるもの。老いて弱れば、病になるほうが自然

なのですね。



病や死に方は日々の衣食住働に拠るところが大きいので

なるべく自然に世を去るためには、やはりなるべく

自然に生きてみるのがいいように感じます。

考え過ぎず、徒然なるままに。

そこらじゅうに溢れる問題は、ややこしそうに見えて

実は単純であることが多いもの。

テレビの声ではなくからだの声を聴き、心と脳を

解放しながら日々からだが動くままに生きたいと

思いました。





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2013年4月16日火曜日

小さな町の大きな心

「私たちは建築家の脳の中に住んでいる。

あるいはさまざまな人が設計したシステムの

中に住み着いています。

人間が設計しなかったもの、それが自然の定義です。」

-養老孟司 かけがえのないもの-より抜粋



鎌倉も東京23区に比べるとかなり自然が多い

場所ですが、鹿児島は鎌倉に比べて圧倒的に

人が少ないので、「自然に覆われている」感が

強いです。人間がまだ自然をコントロール

しきっていないというか、自然と共生することで

より多くのものを得ることが出来るというか・・・



こちらではどうも生き物のサイズも都会より

ひとまわり大きい気がします。

森が豊かであるほど、生き物は大きいままで

暮らせるのかもしれません。



そういえば、「もののけ姫」で猪がこんな

セリフをいう場面があります。



「わしの一族を見ろ!みんな小さくバカに

なりつつある。このままでは、わしらは

ただの肉として人間に狩られるようになるだろう」



山や森がなくなることで、動物がただの肉に

なってしまう、と物語の中では言っているの

ですが、実際には動物が変わるわけではなく

人間の意識が変わってしまったということを

映画は伝えているのだと思います。



都市化にともなって人間が自然を排除するように

なり、私たちは牛や豚を畏れたり奉ることもなく

家畜として見るようになりました。



自然に圧倒されていれば、自然を畏れ敬うもの

ですが、都市では少しでも自然の脅威を

排除しようとします。海や川をコンクリートで

埋め、虫は殺虫剤で徹底的に殺します。

その排除に対する勢いは狂気とも思えるほど。



人と人の住んでいる距離はどんどん縮まって

いるのに、人間同士のコミュニケーションも

希薄な都市の生活。



動物のように体が小さくなるわけでは

ありませんが、山や森などの自然がない

場所では、人間の場合心の許容量が小さく

なってしまうのではないでしょうか。



自然と対峙・一体化する生活やスポーツを

経験することがどんなに人の価値観を変えるか

が、都市と自然のなかの生活を繰り返すことで

よく分かります。



都市化を止めることも昔に戻ることも不可能

ですが、意識を変えることで都市設計の内容は

変わると思います。

こどもたちの未来の生活が、ストレスに満ちた

ものになってしまうのか、それとも大きな

心をもてるようになるのか・・・

まさに未来は私たちの手の中にあるのだと

感じている田舎の生活です。





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2013年4月15日月曜日

鹿児島で迎える2年目

4月11日は麓の誕生日でした。



生きていればもう二歳。



稜太がはじめて鹿児島にきたときと同じ歳です。



今回また鹿児島に来て

悲しい思いに沈むかと思っていましたが

そんなことは全然なく、むしろ

忘れかけていた麓との時間や、あのときの気持ちを

思い出せることが嬉しい毎日です。



この家や庭がそのまま麓の形見のようで

美しい形見を受け取れることは

残された人にとって本当に嬉しいことなんだと

初めて実感しました。



家の棚に残されていたのは

麓が産まれた病院でもらった出産祝いのバスタオルと

亡くなった病院から家に連れて帰って来た時に

麓がくるまれていたバスタオル。

たった二週間だったけど一緒に過ごした日々が

思い出されました。



私に抱かれて産まれ、

私に抱かれて逝ったこと。



あのときと同じ並びの布団で、あのとき麓がいた場所に

いまは葉月が寝ています。

麓が生きていたら、会うことのなかったであろう娘。

その寝息を聴いて眠りにつくのは、本当に幸せで

改めて家族が元気で一緒に暮らせることに感謝しています。



おめでとう。ありがとう。

ただいま、麓。





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2013年4月6日土曜日

正直なこころ



前回の記事で、鹿児島に行くことは怖くない、と

書きましたが、自分の気持ちについてよく考えてみると

やっぱり少し怖いような気がします。



人は大きな悲しみにぶつかった時、時間をかけて

その鋭く悲しい思いの尖った角を丸く削りながら

優しい思い出に書き換えていきます。



でもふとした瞬間に元のままの尖った記憶が

呼び覚まされることがあります。



鹿児島に行ったら、麓を亡くしたときの

とてもリアルな感覚が呼び覚まされるような気がして

少しだけ怖かったりします。

人には言えないような、私と夫だけがあの時共有した

恐怖、不安、悲しみ、そして絶望。



でもそれ以上に、家族や親戚との密な時間や、

麓のくれた命の輝きや、4人の愛に溢れていた家が

待っていると分かっているので、やっぱりあの場所に

戻るのはとても楽しみです。



では、行ってきます!




2013年4月3日水曜日

4月とつきあう



��月の雨は命の恵み。喜びの雨。



でも、4月の雨が私を憂鬱にしてしまうのは

仕方がないことなのだと気がつきました。



ここ数日なんだかやる気が起きないのは、息子と

娘からうつった風邪のせいかと思っていましたが、

いやいや、それだけではありませんでした。



「こどもを亡くした母親が、その子の月命日が近づく

たびに辛い気持ちになる」という新聞記事を読んで

そうかそうか、そうだよな、と自分の沈む心に納得。



心は乗り越えたつもりでも、4月のにおいを、雨音を、

からだは5感と第6感でしっかり思い出すんだなあ。



本来なら頭でしっかり、「あと○日で麓の誕生日!」とか

数えるべきなんだろうけど、生きている小さなふたつの

忙しい命と暮らしていると、それさえも忘れてしまって・・・

そのことにまた落ち込んでみたり・・・



でもこの2年間で学んだことは、悲しいときは素直に

落ち込んで、泣いて、心とからだをしっかり休めて、

無理はしなくていいということ。特に春の雨の日は。



来週からの鹿児島では、さらに心の浮き沈みがあると

思うけれど、特に怖いという思いはなく、いまはただ

楽しみです。心が大きく動くということは、新しい何かを

得ることが出来るってことだと思うので。



沈みながらも、2年前に感じた最大の悲しみが自分を

強くしてくれていると気付く4月です。



Light / PHISH



I can see the light between me and my mind

I can feel memories fall behind

And the light is growing brighter now

And the light is growing brighter now



I see the future is less and less there

And the past has vanished in the air

And I'm left in the now with a wondrous glo

I think I’m still me

But how would you know?



It takes a few moments of whirling around

Before your feet finally leave the ground

And fending off fears and hearing the call

And finally waiting for nothing at all

And the light is growing brighter now

And the light is growing brighter now



Obstacles are stepping-stones

That guide us to our goals

Fences are filters

That purify our souls









2013年3月26日火曜日

鎌倉 今日の山 春の道



今日は数ヶ月ぶりに海に入るチャンスだったのに

見事にフラット・・・



海がダメなら山だ、ということで走りに行きました。

大仏切通しから山道に入ると、桜の絨毯!

脇にはかわいらしいスミレがたくさん咲いていて

木の上には鳥の声。



体力がなさすぎてほとんど早歩き状態でしたが

春の雨にうたれても、心は晴れやかでした。



やはり時々こうやって一人の時間を過ごしたり、

何かに没頭することが、子育ての合間には必要

だと思います。



大家族の時代とは違い、現代は母と子だけの時間が

多くなりがちです。1対1だとどうしても煮詰まったり

イライラしがち。誰かがいるときは何ともないのですが・・・

核家族化と虐待の増加は無関係ではないと思います。



いつも家事と子育てに奮闘しているお母さんが月に

一度でも自分の時間をもてるような機会を作れるように

仲間たちと何か出来たらいいなと考えています。



手仕事を広める活動にも手を出したいし、サーフィンも

ランニングも頑張ってみたいし、子育てが落ち着いてからの

2〜30年が大忙しになりそうな予感です。



いまは自分のことで精一杯ですが・・・数年後に自分が

できそうなことを思い描きながら走った春の道でした。



2013年3月14日木曜日

My living will



これまで何冊かの本を読んで、

「死に方を考えることは、生き方を考えることである」

という言葉に納得しました。



自分がどう死にたいか?



望み通りにいく可能性は低いかもしれませんが、

家族に伝えておきたいことのひとつです。



私の生き方のなかで、「死に方」につながるものは、

「医療とどう付き合って生きるか」という問題だと

思います。



癒す心、治る力―自発的治癒とはなにか/アンドルー・ワイル

いのちのために、いのちをかけよ/吉村 正

家庭でできる自然療法/東城百合子

医者に殺されない47の心得/近藤誠



全く異なる4冊の本から、これはいいなと思うことを

集めて紡いだら、こうしたいな、が見えてきました。



なるべく自分のからだの力を高めて病気を遠ざけ、

なるべくからだに負担のかからない食事を心がけ、

かといって我慢せず、ときには欲に身を任せ、

なるべく緊張せず、ストレスをためず。

痛みやつらさなどの自覚症状がなければ

まずは自然治癒を目指し、先進医療は最後の手段に。

一番大切なのは心の健康。

自分には治癒力がある、と信じること。

身体を動かし、脳を刺激すること。

なるべく生まれたままに近い姿で生を終えられるよう、

薬漬けになったり、管だらけになるような医療は

受けないようにしたい。



うまくまとまらないけどこんな感じです。

これはそのまま自分の生き方であり、ライフスタイル。



こどもたちの身体に関しては、いざとなったら

やっぱり医学に頼ってしまうと思うのですが、

自分がこういう生活を実践していれば、こどもたちにも

何かが伝わるのだと思います。



近藤誠さんの著書にあった

「がん検診は受けないほうがいい」

というご意見は目から鱗で、確かに昔の人は検診や

気軽に医者に行く習慣がなかったから、家で延命も

せずコロッと死ねたんだろうな、と思います。

がんである、と知ったときの精神的ショックの大きさや

薬の強さ、手術の負担のことなどを考えると、もし

痛みや自覚症状がないなら、何も知らずにいたほうが

幸せに暮らせるような気がします。



最後に、私のリビングウィル。



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もう助からない状態や自力で呼吸できない状態の場合

点滴や薬の投与などの延命治療は必要ありません。

チューブの類は一切つけたくありません。

もしできるなら、家で皆に見守られて命を終えたいです。



2013年3月13日

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2013年3月8日金曜日

WAKE UP



いよいよ春が来た!という感じがするこの数日。


鳥たちが庭で虫を啄んでいます。




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collect raindrops / Nikki McClure



こどもたちと一緒に、穏やかに家で過ごせるのは

なによりもうれしいことです。



2年前この家で大きなお腹を抱えて、今と

同じように穏やかな日々を送っていた私たち。

数日後に訪れる大災害のことは考えもせず、

春の訪れを喜んでいたのでした。



それから鹿児島へ行って。

麓と出会い、別れて。

またここで3人の生活をはじめて。

4人での暮らしに思いを馳せた日々。



たくさんの経験があったからこそ、今過ごす

4人の時間はほんとうに宝物です。



そして来月また、鹿児島のあの場所に

行ってきます。



もし娘が元気に産まれ育っていなかったら

戻れなかったと思います。



あのときは涙とともに去った場所。

麓と過ごしたあの家で、きっと切ない思いには

なるけれど、お世話になった人たちに私たちの

笑顔と、こどもたちの成長を見せたくて。



命を蒔く春。

命が目を覚ます春。

成長を確かめる春。

思いが蘇る春。

蓄えた力で動き出す春。



いつ終わるとも知れないこの穏やかな日々を、

目一杯生きます。







2013年2月15日金曜日

つくる毎日




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出産前は「育休中は仕事に役立つ知識を身につけるぞ!」と

意気込んでいましたが、おんぶで動いていないと寝てくれない

娘と過ごす日中に、読書はなかなか難しい状況です。



なので、この機会に「一生懸命主婦をする」ことにしました。

この数週間、掃除の時間以外はほとんど台所で過ごしています。



台所に立てる時間が少ないときには、作れないものを作りたい。



そう思い、食事以外に天然酵母パン、お菓子、シリアルなどを

作っています。なるべく自然に近いものを作ろうとすると、

自然の法則や、自然の時間に人間があわせなくてはなりません。



カップラーメンは一年中どこでも食べられるけど、味噌やパンは

気温や発酵時間を考慮しなければならないので、それなりに

時間がかかります。でも、そういう食事に慣れてくると、それが

不思議と全然苦ではなくなります。むしろ自ずとその日そのときに

何をすれば良いか、が見えてくるようになります。



我が家は農作物や調味料のほとんどが市販のものを使っていて、

自分で作ったのは、味噌、梅干し、糠漬け、パン、クッキー、

ケーキ、シリアルくらいですが、それでも「自らつくる」という

行為が1日の中にあるだけで、時間の使い方や家族との過ごし方が

濃密になりました。







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つくり続けていると、毎日毎日目標ができます。

今日はこうだったから、明日はこうしよう・・・

今年はこうだったから、来年はこうしよう・・・



毎日同じことをしているようなお母さんの仕事。

でも取り組み方次第では、仕事に優るとも劣らない、

鮮やかな虹色の日々。



数十年前までは当たり前だった、「おうちのおやつ」や

「おふくろの味」。働くお母さんに戻っても、なんとか

時間を見つけて、今回の育休で作り上げた「自分の味」を

家族に出せるようにしたいと思います。







2013年1月29日火曜日

赤ちゃんの肌についての考察 その6 改善



何もしないで約1ヶ月。

いやいや、正確にはこの数日とあることをしているのですが

葉月の頬の湿疹は、もうほとんど気にならないくらいに

なりました。



前回の記事から1週間くらいは、引っ掻いてしまったりして

じゅくじゅく、かさぶた、の繰り返しでしたが、この数日は

「もう大丈夫。」と安心して見ていられるようになりました。




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まだ左頬に赤みがありますが、湿疹はなくなりました。

あのじゅくじゅくは本当だったのかと思えるほど。

赤ちゃんの肌の力、本当にすごいです。

そしてさらに力を与えてくれたのは、「びわ葉エキス」

でした。



この2週間ほど、夫婦で使ってみたのですが、冬になると

必ず悩まされていたカユミと乾燥がみるみる改善しました。

米焼酎に細かく切ったびわの葉とラベンダーを入れ、平均

8カ月間以上漬け込み、葉を漉したというエキス。

肌の悩み全般に効くというので、娘の頬にも塗ってみたところ

本当にここ数日できれいになったので、驚きです。

自然療法で改善したことが、何よりもうれしかったです。



先週、娘の首にとびひのような出来物があったので、評判が

いいという近所の皮膚科に行ってみたのですが、特に説明も

なくステロイドの薬を処方され、さらに「頬も赤いので薬を

出します」と言われて出されたのは、「とても強い」ステロイド

に分類されるリンデロンを含む薬でした。

そして処方箋をもらったまま、薬局に行かず帰宅・・・

病院によってこんなにも対応や処方が違うことに愕然としました。



赤ちゃんに強いステロイドが説明なしに処方される現実。

私も調べる機会がなかったら、普通に使ってしまっていたかも

しれません。もしそうしていたら、娘は対処療法の悪循環で

アトピーだ、ということになっていた可能性もあります。

何より、自然療法ですっかり治るものに対して、強い薬を

簡単に処方してしまう現代医療に改めて疑問を抱きました。



世の中の様々なことに対し、自分が正しいと思えるかたちで

向き合うために、これからも常に疑問を持ち、知識を身につけて

いきたいです。






2013年1月20日日曜日

病に対する現在の思い



両親がふたりとも病気になったことで、病や薬に対する

関心が高まっているここ数年。

自分はなるべく元気でいられるように、これまでいくつか

治癒に関する本を読んで感じたことをまとめてみました。



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現代人は「薬が病を治してくれる」と信じています。

でもそれは間違いだと思います。



例えば、風邪をひいた時に出される抗生物質などは、

風邪の症状を治癒するわけではなく、ウィルスの力を

弱めて体が自力で治癒することを助けているだけです。

つまり、病を治しているのは薬ではなく、もともと

自分が持っている治癒力です。



どんな病気でも、どんな薬でも、そうです。

指に傷ができたら、包帯を巻いて細菌の繁殖を防ぎますが、

実際に治しているのは包帯ではなく、自分の体の血小板や

白血球であるのと同じです。



外科疾患に比べて、内科疾患は治癒の過程が見えない

ために「薬が治してくれている」と思いがちです。

大切なのは、「自分の力で病気が治癒する」と知ることです。

これが一番の力になるそうです。

治癒していくイメージを想像するだけでもずいぶん違うそうです。

でも、それだけでは病気は治りません。



病気を治すため、そして病気を防ぐために最も重要なのは、

ストレスの緩和・食事の改善・規則正しい生活・適度な運動・

有害物質の排除かな、と思います。逆に言うと免疫疾患になる

原因は、遺伝や先天性、突発的なものを除けばストレス・

不適切な食事・不規則な生活・運動不足・有害物質がほとんど

ではないでしょうか。



小さい子が風邪をひいて診察を受けた時、近所にある小児科の

先生はこう言います。

「ごはんはお粥だけ。風呂は入らなくていいよ。7時半には寝かせて。」

それは、体が風邪のウィルスと戦うことに集中できるように

するためです。

病気のときに大食すると(特に肉類・油類・乳製品)胃腸に

負担をかけ、病気と戦う力を別のところで使ってしまうのです。

でも大人に対しては薬を処方するだけで、何も言ってくれません。

だから薬を飲んでいれば、今までと同じ生活をしていても

大丈夫だと思ってしまうのです。



その病気が深刻であればあるほど、体の治癒力を高められる

ような改善が必要です。薬を飲んでいるだけだと現状維持

しかできず、苦しみを長引かせることも多いようです。



重い免疫疾患になってしまったということは、毎日の不摂生や

不規則な生活の積み重ねで体の免疫が戦える限度を超えた

ということです。

家庭や仕事のストレス。外食や大食。10時以降の飲食。

運動後、水分をとらずにアルコール摂取。不規則な寝起きなど。



命がかかった病気を完治させるためには、命をかけて生活を

改善する必要があります。この当然だと思えることを、

現代人は忘れ、医療に頼り過ぎてしまっているように感じます。

自己治癒力を高める努力をすれば、病気が劇的に改善する

可能性もあるそうです。



がんを含む腫瘍など、悪い部分を切除する手術は体力があれば

非常に効果的だそうですが、抗がん剤など副作用のある薬物の

投与は、患部のみならず体全体の免疫や抵抗力を弱めるため、

できるなら避けた方がいいのではないかと感じています。



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夫とふたりで、自分たちの死に方や治療法について話した時、

・延命治療はしない

・抗がん剤は使わない

ということをお互いに今のところ決めています。



麓に対して延命治療を行ったことを、今でも後悔している私。

でも、愛する人を救いたいという気持ちがある限り、その

決断はとても難しいもの。

特に延命治療については、自分で決められる状態ではない

ことも大いにあり得ると思うので、夫婦や親子で話し合って

おくべきことだと思います。






2013年1月19日土曜日

赤ちゃんの肌についての考察 その5(その後)



何もしないことを続けて1週間半。

葉月の頬はみるみる改善しています。



最初は赤いぶつぶつが広がり、ひどくなってしまうのかと

心配しましたが、1日たつごとに状態が大きく変化し、

赤ちゃんの細胞の活動がいかに活発かを知りました。



薬を使ってしまうと、そんな赤ちゃんの肌が秘めている

驚くほどの再生能力を止めてしまうことになるのかも

しれません。



��週間半の変化:

赤いぶつぶつがじゅくじゅくしてくる

→黄色いかさぶたで厚く覆われる(ほこりや髪の毛も巻込む)

→かさぶたがだんだん乾燥して薄くなる

→かさぶたがはがれてくる

→赤みがある部分は薄いかさぶたになる

→皮がはがれるのを繰り返し、赤みがひいてくる



左頬:

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右頬:


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左頬はまだ赤みとかさかさはありますが、右頬はかなり

きれいになりました。



ゆっくり、ではありますが、今では毎日どんな風に

変化するのが楽しみになりました。

近所のお医者さんに感謝です。



状態によりますが、赤ちゃんの湿疹については

信じて見守ることが大事なのだと感じました。



��週間後くらいに、また写真とともに、なるべく心がけたい

ことなどをまとめてupしようと思います。

湿疹ブログのようになってますが、悩めるお母さんは多そう

なので、しばらくお付き合いください。





2013年1月10日木曜日

赤ちゃんの肌についての考察 その4 +α



今週に入って、葉月の頬には何もしない、を続けております。

すぐによくなるということはありませんが、肌ががんばっている

様子は見受けられます。



赤ちゃんの顔に薬を塗りたくない、というのは多くのママが

考えることだと思いますが、近所の先生が言ってくださった、

「保湿もしないでいい」というのは、実は結構貴重なアドバイス

だったんじゃないかと感じます。



皮膚科の先生は「赤ちゃんの肌はバリア機能が未熟なので

保湿してあげてください」と言いましたが、こちらのブログを

読んで、保湿剤を塗ることにもリスクがあることを知りました。



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「赤ちゃんや子ども」というこれからどんどんと代謝し生まれ

変わる細胞が豊富な世代にとって、容易にワセリン、ヒルドイド

などのミネラルオイルをぬったくること、ましてや、少々の乾燥に

これらをぬりつづけることは、あまりお勧めしないのです。

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という部分、共感です。

よくワセリンや保湿剤はいくら塗っても大丈夫、と言われますが

からだ本来が持っている機能を生かすものではなく、本来のもの

を覆ってしまうものです。それに頼っていると、それなしでは

いられなくなってしまうのではないかと・・・。



お化粧なども一緒だと思うのです。厚化粧してしまうと、

お化粧せずには外に出られなくなってしまう。

現代社会には、こういう落とし穴がたくさんあると思います。

嘘を一つついたら、嘘を重ねざるを得なくなるみたいに。



私は歳をとればとるほど、自分が生まれ持った、授かったもの

を生かして生きられるようになりたいです。外見も内面も。

それって、自分の生き方を見つける上でとっても重要なこと。

Live simplyという言葉には、物を減らすという意味だけでは

なくて、「自分に還れ」という意味も含まれるのではないかと。



人も物も仕事も、なんでも、同じかも知れません。

美しさは、無理に人工的に作る物ではなく、そこにあるものを

生かすこと。

昔の人たちはまさに知恵を使ってそういう生き方をしていたの

でしょう。



そのままを受け入れることの素晴らしさ。

またひとつこどもから教わりました。




2013年1月9日水曜日

赤ちゃんの肌についての考察 その3



葉月の湿疹、その後です。



処方された、



プロペト、ビーソフテンクリーム、パルデス軟膏



を塗ったら、たちまち肌がきれいになりましたが、

その強すぎる効き目がなんとも不安で、長く塗り続けるのは

やめようと思い、2週間目に保湿クリームに切り替えました。



すると予想通りふたたび湿疹が出てきました。

ステロイドは症状をおさえつけているだけで、もとから治す

わけではない、と痛感。

もう一度皮膚科に行ってみることにしました。



先生曰く、

「2歳くらいまでは気温、湿度や摩擦、よだれ、母乳、

離乳食など、外からの刺激だらけなんですね。だから

ある程度肌が強くなるまでは完全に治るということはないです。

保湿して、ひどくなったら薬を塗ったらいいでしょう。」

ということでした。



結局肌が強くなるのを待つしかない、という結論に辿り着き、

今回は薬をもらうのをやめました。



そしてネットで「ステロイドを使わない皮膚科」を調べたところ

なんと家から歩いて数分のところに、漢方を使った免疫療法の

病院がありました。こんなに近くにあったなんて!!



すぐに行ってみたところ、おじいちゃん先生がばっさり・・・

「ステロイドなんて塗らない方がいいよ。なんにもしなくていい。

そのうち治るから。保湿もいらないよ。」



不思議なもので、お医者さんにそう言われると妙に自信がついて

「やっぱりそうなんだ!」と明るい気持ちになれました。

お医者さんの役割って、本来は薬を出すことなんかじゃなくて

病気の予防法を説くことと、患者さんを明るい方向に導くこと。



それから娘の湿疹をみると、今までちょっと暗い気持ちになったのに、

「ああ、肌が免疫を得るためにがんばってたたかっているんだ。」と

前向きな気持ちで見守ることができるようになり、そんな娘が

ますます可愛く思えました。



同じお医者さんなのに、いろんな人がいるものです。

でも近所にそういう先生がいるのはとても心強いです。

製薬会社とのしがらみや、お金儲け、病院にはつきものですが

そういうことに巻き込まれずに信念を持って働くお医者さんが

増えたらいいのにな、と思います。



改めて「やめよう」と思ったステロイド。

参考にさせていただいたのはこちらのブログでした。



評判のいい皮膚科に行くと、びっくりするくらいたくさんの

人が診察を待っています。がん治療もそうですが、それだけ

現代人は免疫系の病に悩まされているのかと、改めて驚き、

日々の生活を見直さなくてはと思いました。



また何かあればこのブログで報告したいと思います。





2013年1月1日火曜日

Here, There and Everywhere



いよいよもうすぐ今年もおわり。



今年はすごい波がありながらも、自分の気持ちは常に

穏やかで凪のようにいろいろなことを受け止めることが

できた年だったように思えます。



それはきっと、いろいろなことを経験したおかげ。

難しい気持ちを抱えた息子との接し方。

無邪気な娘とふたりで過ごす日中。

夫と話す貴重な一日のおわり。

すべての時間が、すべての場所が、麓と過ごしたあの時間や

あの場所とつながっていて、私を励まし、暖め、微笑ませて

くれたのでした。



それはきっと、来年も再来年もいっしょで、あとは私が

それをどうやって自分の人生に生かし、他の人を励まし、

暖め、微笑ませていけるかどうか。



まだまだこれから大きな波がいくつも訪れるけれど、

それを乗り越えるために、夫やこどもたちとの絆を

強めている日々です。






The Beatles - Here, There and Everywhere



To lead a better life

I need my love to be here



Here, making each day of the year

Changing my life with a wave of her hand

Nobody can deny that there's something there



There, running my hands through her hair

Both of us thinking how good it can be

Someone is speaking but she doesn't know he's there



I want her everywhere

And if she's beside me, I know I need never care

But to love her is to need her everywhere

Knowing that love is to share

Each one believing that love never dies

Watching her eyes and hoping I'm always there



I will be there and everywhere

Here, there and everywhere




「彼女を愛するということは いつも彼女を必要とし

愛を分かちあうということ

お互いにこれを永遠の愛だと信じること

彼女の瞳を見つめながら 常にそこに映っていたいと願う



どこにいようといっしょだ

ここでも あそこでも どこにいても」