2011年5月31日火曜日

あおとあめのさつき

今日はやっと青空が見えました。

あっという間に5月が過ぎていきました。



麓がいなくなってから、毎朝起きるたびに

「今まで起きたことが夢であってほしい」と

願いました。でも最近は、麓のいない現実と

だいぶ向き合えるようになってきた気がします。



これまで会いにきてくれた人たちの何人かが

「麓の死によって迷いが解けた」というような

ことを言ってくれました。震災で多くの方が

亡くなって、原発のこともあって、「命」に

ついて皆が考えていたときに、被災地から遠く

離れた場所で、その小さな命を全うした麓。



当たり前のように存在する毎日の愛しさ。

笑って毎日を過ごせる自分の幸せ。

生を受ける奇跡と、死の必然性。



麓が遺したものに触れるたびに、後悔や

悲しみは少しずつ癒されていきます。



たった2週間で旅立ってしまったことで、

「これまでお腹で麓を育ててきた10ヶ月は

なんだったのだろう?」「すべては無駄に

なってしまったのだろうか?」と思ってしまう

日々もありました。でもようやく「麓をお腹に

宿した意味」を見出しつつあります。

自分一人では辿り着けない答え。



麓の遺した問いに、答えるための人生が

また新しく始まります。

人って本当におもしろい。



人だから人生があって。

人間だから間柄があって。



たった2週間で人生や間柄を強く繋げてくれた

なんて。大好きな友人の言葉を借りれば



「麓って、ほんとうに、へんな子」



だなあ。



そしてやっぱり、ものすごく、いとおしいなあ。




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2011年5月27日金曜日

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昨日からだいぶ元気になりました。

ついつい自分の感情に浸ってしまいますが、ふと

気付けばいろんな方が心配してくださっていて、

ほんとうにありがたいです。



もうすぐあの日から1ヶ月。命日は28日ですが、

私の中では25日と26日の間に麓の命は空へ逝って

しまったと思っています。そのあとの2日間は、

延命措置によって心臓が動いていただけで、麓は

もう生きてはいなかったのだと思っています。



あの夜、私の腕の中で麓の呼吸がとまったときから、

今日でちょうど1ヶ月。



今までは同じ悲しみを経験した人たちと、その体験を

分かち合うことから遠ざかっていました。

でもなぜか1ヶ月たったいま、そこで自分を慰めたいと

いうよりは、何か自分にできることを探したい、と

思い始めました。



これからも同じような体験をする人たちは、悲しい

けれど、きっといるだろうから。

体験した人でないと分からないことが、きっとあると

思うから。



悲しみを分かち合うためだけではなくて、悲しみを

経験したことで何かを与えられるように、小さな

コミュニティをつくってみたいと、いまは考えて

います。



母が子を失うということは、ただ単に愛する人を失う

だけではなく、母としての自分も失われるということ。



失われた自分を取り戻すためには、矛盾しているよう

だけど、とにかくひたすら自分を与えることなんじゃ

ないかと感じはじめています。

そこに女性として産まれた使命があるのではないかと。




1ヶ月目の今日は、一番幸せだった時間を思い出して

眠りにつこうと思います。



出産後入院していた5日間。2日目からはなるべく

麓と一緒にいたくて、毎晩自分のベッドの隣に

寝かせて、ふたり並んで寝ていました。

テレビも音楽もつけず、ただふたりだけの時間。



安らかな寝顔を見て、幸せな気持ちで満たされた

こと。きっと一生、忘れないだろうな。



息子の面倒をずっと見ていてくれたから、Yが麓と

接した時間は私より少ないけれど、最後の2日間は

なぜかYが麓をお風呂に入れてくれたのです。

麓はすごーく気持ち良さそうな顔をしていたそうで。



お父ちゃんにもママにも幸せな顔を遺してくれた麓。



はあ〜、この1ヶ月3人ともよくやった!

と我ながらほめてあげたい。



まだまだこれからだけど。

まだまだいっぱい泣いちゃうけど。

明日も幸せを感じて生きよう。







2011年5月25日水曜日

雨と涙

ここ数日は明るく過ごせていたのですが、今日は体調が

優れず、気分も落ち込んでしまいました。

そんな私のオーラに影響されたのか、Yも体調を崩し

ふたりで朝からぐったり...。



一日ゆっくりできたおかげで、私はだいぶ回復。


でも当然かもしれないな。まだ1ヶ月もたっていない

のだから。自分自身もつらかったはずなのに、Yは

悲しむ私をずっと支えてくれていたのだから。



雨が降ると思い出すのは、麓とふたりでいた

最後の休日。息子とYはハイキングに出かけて、

私は家でのんびり麓と過ごしました。



まさか麓がその2日後にいなくなるなんて

思ってもいなかったから、私は麓を寝かせて

雑誌を読んだり、ブログを書いたりして。

それさえも今は悔やまれて、なんで一日中抱っこ

していなかったんだろう...なんて思ってしまう。



悔やんでばかりの自分と対照的にYはすごく前向き

なように思えて、昨夜Yにこんな質問をしました。



「麓が死んでしまったこと、今どんな風に感じて

いるの?」



返ってきた答えは...



私の想いをそのまま受け止めてあげられるように

自分はなるべく麓のことを感情的に考えないように

しているのだ、と。



私はまた泣いてしまいました。

ふたりで大泣きしたあの日のことを思い出して。



そして改めて、私はYがいないと生きてゆけないなあ

と感じました。麓はやっぱり私たちふたりの、

そして三人の絆を深めてくれたのだと思います。



いっぱい泣いて、いいんだよね。

みんな「今は悲しみに浸って、泣けるだけ泣きなよ」

って言ってくれるから。

そうすることで、Yも心の中で泣けるのかもしれない。

雨の日は、麓が「泣いていいよ」って言ってくれて

いるのかもしれないな。



何もできないまま、息子を保育園に預けて休んで

いるのはちょっとかわいそうになってしまうけれど、

いまはとにかく自分の体調を整えること。

それがみんなの幸せにつながるのだと思います。




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息子がとっても元気でいてくれるのは本当に

ありがたいです。




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お父ちゃんに買ってもらった自転車(ストライダー)に

またがって、部屋の中をうろうろ。そのあと何気なく

麓のいるところに行って自転車を立てかけ、

「あく(ろく)、どーじょー」と言いました。

麓にも貸してあげる優しいお兄ちゃん。またまた

母は涙ぐんでしまったのでした。





2011年5月23日月曜日

smile

今日は姉家族が遊びにきてくれました。



大好きな姉は、今回の出来事を自分のことのように

悲しみ、すぐに鹿児島にかけつけてくれました。

こういうとき、本当に姉妹でよかった、と思います。



お弁当を持って、甥っ子姪っ子も一緒に7人でハイキング。

家から徒歩5分でハイキングコースに入れるなんて

ほんとうに幸せです。





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山に入ると少しひんやり。

息子は最近甘えん坊なので、歩かずにおんぶで。





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こどもって本当に「とらわれない」心をもってます。

そして笑顔に嘘がありません。





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何百年もかけて大きくなったと思われる木々もあり、

朽ちていった木々もあり...



大きな宇宙のなかにあるすべてのものが、みんな

生まれて生きて死んでいることが、やっぱり私を

支えてくれています。自然の一部という意味では

ひとりの人間も一匹の虫も一枚の葉もおんなじ。

麓の死と、それ以外のすべての死を隔て、そこに

ちがう意味を与えているのは、「私」という存在。



そう考えると、麓の命はとても短かったけれど、

麓自身は悲しみの中で死んでいったわけではない

のかもしれない、と思えます。つらかっただろう、

苦しかっただろう、と思うのは、私自身がつらく、

苦しかったから。



まだ笑顔には悲しみがつきまとってしまうけれど、

時間がたってこどものように無邪気に笑えたら。

そして大きな大きな木のように、大きな心で自然に

守られつつ、何かを守っていけたら。

どうやらいつも、そんな考えにたどり着く。



今麓のそばにあるのは、友人Oさんがくれた薔薇と、

姉のくれた向日葵。それぞれの思いを込めて選んで

くれた花が、言葉にならない思いを表現していて

じんわりうれしくなりました。



何よりうれしかったのは、今日一日息子がずっと

楽しそうだったこと。

こどもの笑顔は何より大切なものです。



親になってから、なんだかいつでもこどもに救われて

いるなあ。人間として生まれた使命、感じるなあ。






2011年5月20日金曜日

on the trail

今日ほんとうに久しぶりに山を走りました。

走ったといってもほとんど早歩きと小走り。



Yが教えてくれたコースは、祈りたくなるくらい

神々しい木々や岩が聳えたっていて、家のすぐ

近くにそんな場所があることに驚きました。



体を動かしていると無心に近づけることが多い

のですが、まだまだ頭は麓のことでいっぱい。

走っていてもぐるぐる考えてしまいます。

それでもじっとしているより、考え方は前向きに

なれる気がしました。そして何より山の中は

気持ちがよかったです。



いま確実にいえるのは、麓を失ったけれど、

それでもやっぱり私は幸せだということ。

もし今「違う人になりたいか?」と聞かれたら

「自分のままでいたい」と答えられる。もし

この先どんな困難が待ち構えていようとも、

私は家族と一緒に乗り越えていきたいです。



こんなことが起こるなんてまるで予期して

いなかったけれど、何が起こるか分からない

のが「生きている」ってこと。何が起きても

自分の根底で何かしっかりしたものを持てる

ように、これから「こころのまんなか」を

大きくしていかなくては。



できることをやっていたつもりでも、全然

まだまだだった。悔いのない日々を本当に

送れていたか?という問いを、麓の死は私に

投げかけてくれました。



これからどんなところにたどり着くのか、

まったく分からないけれど、山みたいに

あがったりさがったり、走り続けてみます。







2011年5月18日水曜日

薔薇に降る雨



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今日は雨。
写真は鹿児島の庭で咲いた薔薇に降る雨。
ジョビンの曲を思い浮かべました。

バラの花々をうるおし
創造する恵みの雨
大地をうるおし 川を満たし
空を澄ませて 青くする


誰に見せるためでもなく、庭にひっそりと咲き、
雨にうたれる薔薇。

今日は友人が麓に会いにきてくれました。
いろんなことを話せる友人が来てくれるだけで、
心が落ち着きました。
私たちのほかにも麓のことを想ってくれる人がいる
と感じることは、とても心強いです。

私のことを気遣って一緒に悲しんでくれる友人。
時が経つのを待ってメールをくれた友人。
静かに見守ってくれている友人。
皆の存在を感じています。

麓の死がはじめにもたらしたのは、「ごめんね」
の気持ちだったけど、いまは「ありがとう」に
変わっています。「麓がかわいそう」という気持ちは、
「麓を誇りに思う」に変わっています。
それは私にとって大きな進歩です。

前回の記事に書いた「誕生死」という本は、
読んだ後ただただ悲しくなってしまったのですが、
新たに吉村正さんの「いのちのために、いのちをかけよ」
を読んで、少し明るい気持ちになりました。

昔ながらの自然なお産にこだわりつづけ、クスリも
医療機器も使わない吉村正先生は、「お産における死」
について「生きるものは生きる、死ぬものは死ぬ」という
哲学的思想が根本にあるといいます。
麓の病気はどうしても医学の力を借りなければ
助かりませんでした。もちろん助かってくれたら
よかったのですが、人間の手の及ばない、運命の
ようなものもあったんだと思います。
麓の生と死は、人間がそもそも不完全であることも
教えてくれました。特に出産においては、自分の
思い通りには決していかないのだと…

50年前の日本では、死産は35人にひとり、妊産婦死亡は
600人にひとりの割合で起きていたそうです。
アフリカでは今でも約120人にひとりのお母さんの
いのちが犠牲になっているそうです。それくらい
命を産むことは命懸け。だから命が尊い。だから女性は
命を育てるために人生を懸けていいんだと思います。
でも現代社会においては、それが二の次になってしまって
いることもあります。

この本を読んで、自分の人生について、じっくり
考えてみたいという気持ちになりました。自分の心を
縛っている様々な不安から解放され、ビクビクせずに
出産や子育てに臨むために、どう生きるのが一番いいのか…。

まだまだ不安は付き纏うけど、確実に前に進んでいる気が
しています。自分の価値観や生き方を問う機会を与えてくれた
麓に、またまた感謝して一日を終えたのでした。



2011年5月17日火曜日

ただいま、おかえり。

家に帰って数日がたちました。

やっぱり、家は落ち着きます。

ここからまた新しい生活を始められそうな気がします。



なんだかゆったりとした時間を過ごしたくて、なんとなく

インターネットから遠ざかっていましたが、「なにかを

伝えたい」という気持ちがときどきふっとわいてきます。



今日は夫と、大好きな「もやい工芸」で麓のお線香立てを

買いました。気持ちが落ち着いたと同時に、しみじみと

「ああ、なんてかわいい子を亡くしたんだろう」と涙が

溢れました。



今回息子の死を体験して、他に同じ悲しみを抱えている人が

たくさんいることを知りました。そんな人たちの思いを

知ってみたくて、「誕生死」という本を読んでみました。



英語では、おなかで亡くなったケースを「STILL BORN」と

いうそうです。「それでもなお生きた」という意味の英語と

あまりにもかけ離れた「死産」という日本語。それをそぐわない

として、体験した方々が流産・死産・新生児死をすべて含めて

「誕生死」と呼ぶことにしたそうです。



この本に手記を寄せた方たちの体験は、私よりももっともっと

過酷で、辛いものばかりでした。新聞記事によると、死産は

年間3万人、流産は30~40万人にのぼるそうです。病気や

障害で亡くなる赤ちゃんもたくさんいます。

また、生きていても重い病気や障害で苦しんでいるこどもが

たくさんいて、幼いこどもの苦しむ顔を見ている親の気持ち

を考えると胸が詰まりそうになりました。



「どうか生きていてほしい」

「もしかしたら助かるかも」

「生きていてくれたら今頃は...」



我が子に対してそんな気持ちを抱くという経験をして、

他の同じ思いを抱く方の気持ちが痛いほど分かるように

なりました。



本のあとがきに、自分の心持ちに重なる文章を

見つけました。



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何分の一かの確率で起こる病気だったから、事故だった

のだから、自然淘汰だったのだから、などと、赤ちゃんの

死にどのような理由がつけられようとも、親にとっては

かけがえのない一つの命が消えたという事実に変わりは

ありません。たとえ、何人子どもがいても、亡くなった

子の存在は一分の一です。いくら死の原因に納得しても、

わが子の死という理不尽なものを、納得し、受け入れる

ことはできないのです。

でも、時間と共に、新しい気づきもあります。それは、

亡くなったわが子が教えてくれた、あるいは与えてくれた

「何か」に気づくことです。それがどういうものかは、

それぞれの人によってちがいます。そういう小さな気づき

を集めていくことは、幸せとも言えることだと思っています。

大切なものに気づいていくことで、私たちの心の中で、

もう一度あの子の命がしっかりと生まれたと感じること

ができます。



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時間がたてばこの悲しみは消えるものだと思っていました。

でも麓を失った悲しみは、消えることなんてないという

ことに気がつきました。そして、それでいいんだという

ことも分かりました。



時間がたつにつれて薄れていくことはなく、だんだん

何かが鮮明になってくるというのは不思議...



悲しみを受け止めること。

痛みを抱えて生きていくこと。



今までの人生で知らなかったこと。知っていたつもりでも

分かっていなかったことを教えてくれた我が子の死。



改めて親、特に母と子の絆の強さを感じます。



なんだか麓のことについてばかり書いてしまいます...

どうしても重い内容になりがちですが...こうやって

思いを綴ることで、少しずつ前に進めるのかな、と。

いつも見てくださる皆さん、しばらくお付き合い下さい~。



もう少ししたら、サーフィンを再開してみようかな、

なんて思っております。自然に思いっきり身を任せたい

気分です。



2011年5月12日木曜日

旅のおわり、旅のはじまり


ふと滞在中にYが撮った写真を見ていたら、心に残るものが

いくつかあったので。



ここでの暮らしを通じていろんなことを体験し、

いろんなことを学びました。



人とのかかわり方。



命のこと。



日々の暮らし方。



海と同じくらい気に入った場所は、我が家の庭。

そして父のいとこであるおじさんの家。



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息子に何も与えなくとも、この大きな庭に宝物が

たくさんありました。




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最後の晩餐は、手作りの東屋で。

火をおこし、手作りの道具でつくるごはん。



この場所にはいろんな思い出が詰まっています。




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蓬餅は本当にやさしい味がしました。

自分の手で何かをつくること。




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こどもの日のために作った灰汁巻(あくまき)。

ずっと使われてきた道具って、なんていとおしいんだろう。

大切にものを使うこと、伝えていかなくちゃ。





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命。

授ける。授かる。捧げる。はぐくむ。



命が消えそうなとき、庭に植えた紫陽花。

いつか花を咲かせてくれますように。




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おわりとはじまり。

たくさんの命が今日も消え、うまれている。



この1ヶ月は私とYの絆を深め、私たちの心にこれからの人生

に影響を与えるであろうたくさんの種をまいてくれました。



ここに来なかったら、私たちの人とのかかわり方、命との

かかわり方、生活の在り方はもっと淡白なもので終わって

いたかもしれません。



今日も笑顔で一日を終えられたこと。いろんな人に感謝。















2011年5月11日水曜日

麓 その2

今まであまり気にしたことがなかったけれど、世の中には

流産や死産や誕生死を体験した人がたくさんいて、

母子ともに健康が当たり前じゃないことを知りました。



もし麓がひとりめのこどもだったら、私たちは深い悲しみの

底から抜け出せなかったかもしれない。



私たちは毎日息子に感謝しています。

麓が亡くなった日でさえ、私たちを笑わせてくれた

甘えん坊のひょうきん者。



麓に供えたおやつを羨ましそうに見つめ、走り寄り

手に取る。「麓はいいよって言った?」と聞くと、

自信満々に「うん」と頷く。

結局供えたおやつは全部息子に食べられてしまった...



棺を開けて「じゃじゃ~んっ!」と言い、麓との

お別れのときは普段通り「じゃあね、ばいばい!」と

手を振った。



それはそれは目まぐるしい、涙と笑いを繰り返した日々…

二歳児パワー恐るべし。



麓もきっと空で笑っているよ。



明日4人で家に帰るけど、麓の一部はここに残っている

ような気がしてならない。



ここだけじゃなくて、きっといろんな人の胸に残っている。

おおきい山の麓みたいに、これからも私たちを包んでくれる。



麓のおかげで、もう生きるのも死ぬのもこわくない気がします。



ああ、誰か、そしてどこかとの別れを寂しいと感じる

なんてひさしぶり。



またいつか、出会うまで。

また笑顔で暮らしていこう。




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2011年5月10日火曜日

WEEK ?:Kagoshima photo diary


ここから家に帰って、またはじまる新しい日々。



その前にこの地を満喫。




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父のいとこの家は、まさに「田舎のおじいちゃんち」。

山に囲まれていて、どこからどこまでが家なのか...。





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週末は、我が家の庭でとれたヨモギで蓬餅を作りました。

作りたてはほかほか柔らかくって、本当においしい!




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自分で作ったという東屋でお昼を食べて、そのまま

庭で遊ぶふたり。息子もここはお気に入りの場所。




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ここではゲームなんていりません。

息子の遊び道具は軽トラック、トラクター、耕運機...




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庭にごろりと転がっているいくつもの羽釜。

飾りではなく、生活のなかで自然に使われている籠や

農道具。いつかこんな暮らし、したいなあ。




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そして今日は近くの海岸へ。

貝が砂に潜る様子や、昔ながらの舟に息子は興味深々

でした。



ここにきてよかった。



いつでも帰ってこられる田舎ができて、きっと息子も

数年後に喜んでくれると思います。



「毎年帰ってきなさい」と孫のように息子を可愛がって

くれる親戚たちに会えたこと。麓に感謝しなくちゃ。



明日からは雨になる予報。

カエルの声を聴きながら、荷造りと掃除しよう。





2011年5月8日日曜日

目には青葉。さいごのとき。


ぼんやりしていても、まわりの自然は着実に動いてゆく。

ここに来た頃には枯れかけているように見えた木々も、

芽を吹いて、いつの間にか成長している。

ふと見上げれば、遠くの山の木々の緑は日に日に色濃く

なっている。



いよいよあと4日で私たちはここをあとにする。

ここへ来たばかりの日々を思うと切ない。



たった1ヶ月でこんなにいろんな思いを抱いて過ごす

ときはもう二度とないかもしれない。

でも生きているからこそ味わえる思い。



大好きな漫画「エースをねらえ!」に、こんな言葉が

ありました。



わたしは思います。

大した苦しみもないかわりに大した喜びもなく

大した努力もしないかわりに大した成果も得られず

ぬるま湯につかったように生きて死んでいく人間が多い中で

慟哭をあじわえる人間は幸せなのだと。

だからその慟哭と真正面から対決しなければ

真の人生は生きられないのだと。




ここで起きたことをすべて、これからの幸せにつなげよう。



だって私たちは、ここでの日々を心底いとおしいと思ったから。



こんなにも人の心に触れられた1ヶ月。


こんなにも自然と心を分かち合った1ヶ月。



芽吹いて、上を向いて、まっすぐ伸びて、ときには萎れて、

ときには倒されて、実を結んで、種を落として、いつか

死んでゆくまで。小さな命の分まで、生きたい。





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残り少ない日々を大好きな自然のなかで、感謝したい人に

気持ちを伝えながら過ごしたいと思います。








2011年5月5日木曜日

つなぐ手と手


麓の呼吸が停止してから、数日間は、

もっとはやく気付いていれば…

もっとたくさん抱っこしてあげればよかった…

と悔やんでばかりでした。



自分の腕の中で呼吸停止したことがとてもショックで、

何度もその光景が頭に浮かび胸が痛みました。



でもそれを家族に告げたとき、「お母さんの腕の中で

最期のときを過ごせたなんて、本当によかったね。

優しい子だね。」と言われました。



同じ先天性横隔膜ヘルニアという病気でも、死産に

なってしまう場合や、手術と長い治療の末に病院で

亡くなってしまう場合もあるそうです。



確かに他の人の腕の中や、保育器の中や、ひとりで

寝ている間に亡くなっていたら、もっと悲しかったし、

やりきれなかったと思います。




出産までは三人が当たり前だったのに、三人でいると

ぽっかり大きな穴が空いているような日々。



3140gの小さな命がこれほど私たちに大きな意味を

与えていたことに改めて驚きます。



それでも友人たちの暖かい言葉のおかげで、私たちは

歩きだし、普段通りの生活に戻ることができています。

メッセージを送ってくれた皆さん本当に本当にありがとう。

からだもだいぶ回復し、今日は1日笑顔で過ごしました。



人間って不思議なもので、自分に悲しみが訪れたとき

「自分よりつらい人は他にもたくさんいる」と知ることで

とても慰められる。



初めてのお産で流産・死産した人もたくさんいる。

病気ではなくあきらめきれない理由で子供を失った人も。

今回の震災で、いまだ家族を探し続けている人もいる。



上を見ても下を見てもきりがないのだけれど...

私たちは幸せだと思う。

愛する人や守るべき存在がそばにいるから。





もう一度動き出すために



もっと幸せを築くために



また新しい命と出会うために



私たちは鹿児島を去る準備を少しずつ始めました。



麓が導いてくれたこの地。

私たちはきっとまたここに来ると思います。



そのときには、とっても優しく穏やかな気持ちで、

麓のことを語り合えるといいな。



小さな手で、小さなからだで、たくさんのことを

伝えてくれた命。



つないでつないで生きていこう。




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2011年5月1日日曜日

一歩ずつ



息子と一緒に遊んでいると、自然に笑顔でいられる



一瞬一瞬を懸命に生きている息子のおかげで、

立ち止まらずすすんでいけそうな気がする



でも今はまだふとした瞬間にぱちんと

何かが弾けてしまう



麓の小さな服や靴下



麓と過ごした時間




しばらくはそれを繰り返すのだと思う




引きずるとかそういうことじゃなくて

私たちはずっと麓と一緒に生きていこう



産まれた瞬間に麓を抱きしめたときの感触や体温や感動は

私の記憶に残されたまま



痛みだけが癒され、消えていくのかな




いまこんなことをいっていいのかわからないけど



また赤ちゃんの泣き声をききたい

赤ちゃんを抱きしめたい

家族が増える喜びを感じたいから



もし叶うなら

またこどもを産みたいねと私たちは話しています



麓は産むこともうまれることも喜びだと教えてくれたから




この庭では毎日たくさんの生命がうまれ、

なくなっているのが見える



生や死の瞬間が忙しいくらいに訪れている



そんな庭を見て、麓の死も命が巡る世界の一部だったんだと

受け入れられる



騒々しい街の中に住んでいたら、

家から出られなかったかもしれないけど



帰るまでに私たちの心は少しずつ癒されていくような

気がしています



支えてくれている皆さんには感謝しきれません

本当にありがとう



私たちが幸せをもっともっと増やしていく姿を、

見守っていてください



短い時間で麓がくれたものを受け取ったから



それを未来に繋ぐため



時間をかけて自分に何ができるかを探していきます



でも今は少しゆっくり休んで、家族との時間に浸ります