2013年3月26日火曜日

鎌倉 今日の山 春の道



今日は数ヶ月ぶりに海に入るチャンスだったのに

見事にフラット・・・



海がダメなら山だ、ということで走りに行きました。

大仏切通しから山道に入ると、桜の絨毯!

脇にはかわいらしいスミレがたくさん咲いていて

木の上には鳥の声。



体力がなさすぎてほとんど早歩き状態でしたが

春の雨にうたれても、心は晴れやかでした。



やはり時々こうやって一人の時間を過ごしたり、

何かに没頭することが、子育ての合間には必要

だと思います。



大家族の時代とは違い、現代は母と子だけの時間が

多くなりがちです。1対1だとどうしても煮詰まったり

イライラしがち。誰かがいるときは何ともないのですが・・・

核家族化と虐待の増加は無関係ではないと思います。



いつも家事と子育てに奮闘しているお母さんが月に

一度でも自分の時間をもてるような機会を作れるように

仲間たちと何か出来たらいいなと考えています。



手仕事を広める活動にも手を出したいし、サーフィンも

ランニングも頑張ってみたいし、子育てが落ち着いてからの

2〜30年が大忙しになりそうな予感です。



いまは自分のことで精一杯ですが・・・数年後に自分が

できそうなことを思い描きながら走った春の道でした。



2013年3月14日木曜日

My living will



これまで何冊かの本を読んで、

「死に方を考えることは、生き方を考えることである」

という言葉に納得しました。



自分がどう死にたいか?



望み通りにいく可能性は低いかもしれませんが、

家族に伝えておきたいことのひとつです。



私の生き方のなかで、「死に方」につながるものは、

「医療とどう付き合って生きるか」という問題だと

思います。



癒す心、治る力―自発的治癒とはなにか/アンドルー・ワイル

いのちのために、いのちをかけよ/吉村 正

家庭でできる自然療法/東城百合子

医者に殺されない47の心得/近藤誠



全く異なる4冊の本から、これはいいなと思うことを

集めて紡いだら、こうしたいな、が見えてきました。



なるべく自分のからだの力を高めて病気を遠ざけ、

なるべくからだに負担のかからない食事を心がけ、

かといって我慢せず、ときには欲に身を任せ、

なるべく緊張せず、ストレスをためず。

痛みやつらさなどの自覚症状がなければ

まずは自然治癒を目指し、先進医療は最後の手段に。

一番大切なのは心の健康。

自分には治癒力がある、と信じること。

身体を動かし、脳を刺激すること。

なるべく生まれたままに近い姿で生を終えられるよう、

薬漬けになったり、管だらけになるような医療は

受けないようにしたい。



うまくまとまらないけどこんな感じです。

これはそのまま自分の生き方であり、ライフスタイル。



こどもたちの身体に関しては、いざとなったら

やっぱり医学に頼ってしまうと思うのですが、

自分がこういう生活を実践していれば、こどもたちにも

何かが伝わるのだと思います。



近藤誠さんの著書にあった

「がん検診は受けないほうがいい」

というご意見は目から鱗で、確かに昔の人は検診や

気軽に医者に行く習慣がなかったから、家で延命も

せずコロッと死ねたんだろうな、と思います。

がんである、と知ったときの精神的ショックの大きさや

薬の強さ、手術の負担のことなどを考えると、もし

痛みや自覚症状がないなら、何も知らずにいたほうが

幸せに暮らせるような気がします。



最後に、私のリビングウィル。



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もう助からない状態や自力で呼吸できない状態の場合

点滴や薬の投与などの延命治療は必要ありません。

チューブの類は一切つけたくありません。

もしできるなら、家で皆に見守られて命を終えたいです。



2013年3月13日

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2013年3月8日金曜日

WAKE UP



いよいよ春が来た!という感じがするこの数日。


鳥たちが庭で虫を啄んでいます。




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collect raindrops / Nikki McClure



こどもたちと一緒に、穏やかに家で過ごせるのは

なによりもうれしいことです。



2年前この家で大きなお腹を抱えて、今と

同じように穏やかな日々を送っていた私たち。

数日後に訪れる大災害のことは考えもせず、

春の訪れを喜んでいたのでした。



それから鹿児島へ行って。

麓と出会い、別れて。

またここで3人の生活をはじめて。

4人での暮らしに思いを馳せた日々。



たくさんの経験があったからこそ、今過ごす

4人の時間はほんとうに宝物です。



そして来月また、鹿児島のあの場所に

行ってきます。



もし娘が元気に産まれ育っていなかったら

戻れなかったと思います。



あのときは涙とともに去った場所。

麓と過ごしたあの家で、きっと切ない思いには

なるけれど、お世話になった人たちに私たちの

笑顔と、こどもたちの成長を見せたくて。



命を蒔く春。

命が目を覚ます春。

成長を確かめる春。

思いが蘇る春。

蓄えた力で動き出す春。



いつ終わるとも知れないこの穏やかな日々を、

目一杯生きます。