2011年11月27日日曜日

通り直しの出来ぬ道



今日は高校時代からの友人の家へ遊びにいきました。

いつも美味しいお料理とお酒。そして新しくて古い、

素敵なおうち。人生を楽しむ友人の姿を見て、とても

リラックスできました。



高校時代。ちょうど今の人生の半分を生きていた頃。

何も知らなくて、何でも知っているような気がしていて

なんだか照れくさくなるようなあの頃。



それから今に至るまで、お互いいろんな経験を重ね、

大切な人と出会い、こどもを授かって。



ときどき、あのときああしていたら、と妄想すること

もあるけれど、なんだかすべてが不思議なくらい必然

である、という気がしてならない。



英語を教えていた母。その母を見て留学し、大自然の中に

身を置き、自由を尊ぶ会社へ就職し、サーフィンに出会い、

今の職場に出会い、夫に出会い、こどもを授かり、麓との

別れを経験し、人との繋がりを見つめ直し、自分と向き合い、

手仕事に出会い、自分の求める生き方が見えはじめたこと。



どれひとつ欠けていても、ここには辿り着けなかった。

自分が生まれ育った環境も、出会いも別れも、すべて。

そのすべてを受け入れるまで。33年。






浄土宗の篤信徒の誰かによる詩:



子ども叱るな我が来た道だもの、

年寄り嗤うな我が行く道だもの、

来た道、行く道、二人旅、これから通る今日の道、

通り直しのできぬ道




この詩に出会ったのは、永六輔さんの「大往生」が

映画化された際に音楽を手がけた古澤良治郎さんの

CDのなか。古澤さんの音を求めてライブハウスに

通い始めたのは、そう、まだ何も知らなかった高校生

の頃。でもあの頃すでにジャズという世界に興味を

ひかれたのは、その音を奏でる人々の姿を通して、

人生の奥底にある何かに触れたいと思ったからかもしれない。



さあ、明日も通り直しの出来ない一日を思い切り生きよう。



まずはからだを元気に。

鶏と昆布とねぎと生姜でじっくり出汁をとったお粥。

干しえびと干し貝柱のラー油を添えて。




IMGP6403






0 件のコメント:

コメントを投稿