2013年9月5日木曜日

ちいさな命のこと


うちは新聞をとっていないので、梱包に使われている新聞があると
ついつい読んでしまいます。
そして今日たまたま目を通した京都新聞の記事に、とても衝撃を
受けました。
普通の読者であれば、さーっと読み流すような内容かもしれません。

タイトルは
「病気や障害ある赤ちゃんの治療
家族の意向か 命の尊厳か 揺れる医療現場」
でした。

内容は、日本周産期・新生児医学会がシンポジウムでテーマにした、
「病気や障害がある赤ちゃんの治療を、親が拒んだら医師はどうするべきか」
について、症例を重ねて議論を続ける必要がある、というもの。

記事にはいくつかの赤ちゃんの症例があげてあり、そこには麓と同じ病気、
生まれつき横隔膜に穴があいていた赤ちゃんについても書いてありました。

記事では「正解はない」としているものの、医師の立場で書かれているので、
治療を拒む親に否定的。
子どもに必要な治療を親が拒むことを「医療ネグレクト」とネガティブな
言葉でひとまとめにしたり、

「小児外科医は『母親に産後のうつ状態や、子どもへの愛着形成につまづきが
ある場合は、治療拒否をしてしまう可能性がある』と指摘。」

とも書いてありました。

でも・・・

母親がどんな気持ちで、どんな葛藤の末に治療を拒否したか、にはほとんど
触れられていない。だから、ちいさな命を医学の力で救うことが
人道的であり、命の尊厳を守ることである、という意見を私は素直に
受け入れることができませんでした。

麓は心肺停止状態になってからも、薬の力で心臓を動かし、
2日間入院しました。私と夫は、「一度心臓と呼吸が止まったはずの麓が、
どうしてまだ治療を続ける必要があるだろう」
「本当に望みがあるのだろうか」
と、何度も混乱しました。
でも「麓くん、がんばっていますからね!!」と繰り返す看護婦さんや
お医者さんの言葉を聞いて、少しでも望みがあるなら・・・
と希望を持ちました。
障害が残る可能性もあると言われ、何が麓と私たちにとって
一番幸せな選択なのか、最後まで分からないまま、病院の指示に従いました。

でもいま思えば、もっとはやく楽にしてあげられたらよかった・・・
ちいさなちいさな体に、注射や点滴を繰り返し、チューブで繋いで、
たくさんの薬を入れて、見違えるような姿になってしまった息子を見て、
私は何度も「生まれたままの姿の麓にもう一度会いたい」と思いました。

だから、「治療をやめてほしい」という家族の意向を、ただ単に
「医療ネグレクト」と呼ぶことはできないし、母親の精神状態が正常では
なかったなんて言うことはできないと思います。
むしろ逆に人道的であり、命の尊厳について理解しているからこその
判断である場合もたくさんあるのではないでしょうか。

命を救いたい、という医師の気持ちや、その大切さも分かりますが、
母親や父親にしか分からない「命や魂の救い方」もある・・・。

何度かブログにも書いていますが、産婦人科医の吉村正先生は
「生きられなかったはずの命を医学の力で生かしてしまうことにも
問題がある」というようなことをおっしゃっていて、私もそう感じます。

命の尊厳とは・・・。
医学が急速に進歩して、生と死のあり方は一変しました。

「自然」であったはずの生と死は「非日常で不自然な出来事」に
変わってしまいました。だから、日常と切り離された空間で生と死が
他人の助けによって存在しています。

とても難しいことですが、
こどもたちがどう医療と付き合うか、
どう生きて行くか、
そしてどのように命を終えたいか、
にも関わることなので、こどもたちが成長したら家族で話す機会を
つくりたいです。

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