2012年2月15日水曜日

再生への道のり



大切な人を失ってから、数ヶ月。

猛烈に「死」によって繋がることを求めた。



今まで聴いていた音楽は聴けなくなり

今まで読んでいた本は読めなくなり。

今まで話していたことを話せなくなった。



死んだ人の歌を聴き

誰かが死ぬ本や、誰かを失った人の記事を探し

同じ体験をした人と悲しみを分かち合い

死と命について、いろんな人と話した。



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こんなにも「共有」を求めたのは、はじめてで、

でもそれは死を乗り越えるために必要な、ひとつの段階

だったんだと思います。



半年以上たって、ようやく「生きている」音楽が耳に入り

生き様や生活、歴史を語る本を読めるようになり

自分の生活に目を向けられるようになりました。



私たちが避けて通ることのできない「死」は、愛する人の死

を経験することで、はじめて受け入れられるものかもしれない

と思いました。



出産と死という、「決まった道のない」出来事。

その道は隣り合わせの再生への道。

見えないものを受け入れるための道。



カトリックの儀式であるAsh Wednesdayでは、人々が懺悔の

ために頭に灰をふりかけるそうです。

灰である理由は「死と再生の象徴」だから。



遠い昔から人々は、死と再生が共に存在することを

知っていたのですね。きっと今よりずっと死が身近に

あったから、死によって生かされる意味を身を以て

感じていたのではないかと思います。



それを感じるために必要なのは、与えられることと

与えることに対する感謝なのだ、と日々実感しています。




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