2011年1月14日金曜日

太鼓の響く音

昨夜、古澤良治郎さんが亡くなったそうです。



今日会社の帰りに携帯でツイッターなどを眺めていたの

ですが、なぜか思いついてmixiを見にいきました。

最近はほとんどmixiを見ていなかったからそれだけでも

不思議なのに、画面をスクロールしていくと、そこには

古澤さんの訃報に関するつぶやきが...mixiで表示

されるつぶやきなんて2〜3件で、表示されている時間

も限られているはずなのに...



導かれたように知った事実。だからというわけではない

けれど、悲しいというより最初に感じたのは「ああ、

やっぱり会えないまま逝ってしまった」という運命の

ようなもの。



古澤さんと初めて出会ったのはいつだったか。高校生の頃

か大学に入ってからか。友人に「スネアの音がすごい

ドラマーのおじいちゃんがいる」と教えてもらい、ライブ

を見にいったのがきっかけだったかな。確かアケタの店

だったような。確かにそのスネアの音は初めて聴くような

迷いのない音でした。その音に魅せられて、何度もジャズ

ライブハウスに通い渋谷オーケストラや、de-ga-show、

「ね」なんかを聴きにいっていました。



そのうちに少しお話できるようになり、ライブハウスを

後にする時はなぜかいつも握手してくれました。

私のようなひよっこが自分の演奏を聴くために来るのが

不思議だったみたい。そのうち飲み屋に一緒に行く機会

があったり、ライブで突然「みほ、今日は一曲歌え」と

いわれアケタの店で突然歌わされたことも...

そのときの写真がいまもアケタのHPに残されていて、皆

笑顔なのがすごく嬉しかったな。



でも私の足はだんだん古澤さんから遠のいて、いつの間にか

古澤さんは「過去に属する人」になってしまいました。

そして「きっとこのまま会わずにいるだろう」と思って

いました。もうあのドラムを聴けないこと。もう二度と

会えないこと。とても残念だけど、それは私が自分で選んだ

ことのような気がしています。



今でも印象に残っているのは、久しぶりに出会ったときの

「おう、おまえかわいくなったなぁ」という言葉と

さみしそうな優しい笑顔。きっと今頃天国で川端さんや

浅川マキさんと再会しているかな。



そういえば、古澤さんのアルバム「大往生〜もうすぐ

死にまっせ」のなかに「往生なんかしたってよお...」

みたいな台詞が入っていたような。大好きなドラムと

大好きな西荻窪で生きた本当に濃い人生。なんだかずっと

忘れていた記憶がどんどん胸にわいてきました。

いまはただ言葉にできない想いでいっぱいです。




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