マルセル・プルーストが15年を費やして著わしたもの。
円熟する時間、円環的時間、記憶のなかにある現実。
ひとは何かを失いながら生きている。もちろん得るものもあるけれど、
失うもののほうが多いし、そのほうが正しいような気がする。
失いつつあるものにしがみついて離れないことはできる。
それでもそのひとはもう何かを失っている。
失ったものは二度と戻っては来ない。たとえふたたび手に入れたとしても
失う前の「それ」と取り戻した「それ」は同じではない。
ひとは何かを失ってから、「それ」の脆さに、愛おしさに、大切さに
気付くことが多い。私たちはいつでも、今この瞬間も、「それ」を
失っているかもしれない。
たとえば、若さ。
たとえば、自然。
たとえば、気持ち。
たとえば、情熱。
そして、時。
いつも変わらず近くにいると思っている人やもの。「それ」も昨日と
今日では違っている。
でも、失うことがネガティブな現象であるとは限らない。すべてを
失うことで、たったひとつの大切なものに出会えることもある。
どんな場面でも、どの瞬間も、「それ」を失うかもしれないことを想像し、
意識しながら生きると、あらゆるものに対する姿勢や接し方が変わってくる。
失われた時を求めて旅をすることは、過去への執着ではなく、自分の原点を
知り、自分の現在を知り、未来へと歩み出すヒントになり得る。
What goes around never comes around to you
この言葉を常に頭に浮かべて生み出すひとつひとつの言動。
いつか後悔しないためにも忘れずにいよう。
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