2011年9月9日金曜日

煙と土



通勤途中にいつも座って煙草をふかしているおじいさんが

いる。でも、ちっとも楽しそうじゃない。



今日自転車でそのおじいさんの横を通り過ぎたとき

ふわっと煙につつまれて、なにかの儀式のようだった。

煙を抜けたら、少し頭の中がすっきりしたような気がした。



そして巡ったのは

やっぱり、自分が楽しむためだけに生きるのは

ちょっと違うかも・・・という思い。



自分がどれだけ楽しんでいるか、が人生の価値である

と考える人もいるけれど。そして私ももう少し若い頃は

そう思っていたけれど。



いまは苦しさも受け入れたいと思う。

苦しみがあって、喜びがあって、悲しみがあって、楽しみ

があって言葉や沈黙があって。そういうものを生み出して

いるのは、ぜんぶ人やある世界との繋がり。






家に帰って、畑を耕し、野菜の苗を植えた。

ホームセンターにあった肥料の土は東北のもので

なんとなく買えなかった。



せっかく家に設置した雨水タンクも、あのときのように

わくわくする気持ちでは使えなくなってしまった。

それでも雨は降るから、タンクの水を苗にあげた。



いろんなところに悲しみが広がってしまったなあ。


お金では解決できないいろんな悲しみ。



でもそんな暗闇の中で、今度生まれたときにはちょっとでも

誰かの喜びの種になれるように。誰かを楽しくできるように。



ああ、家族の存在って、ありがたい。

大地が汚れたって、海が汚れたって、

家族を思う気持ちはほんとうに純粋で美しい。




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